212.01
【分野】スピントロニクス
【タイトル】コバルトフェライト垂直磁化膜の電気伝導特性の制御
【出典】Masaya Morishita, Tomoyuki Ichikawa, Masaaki A. Tanaka, Motoharu Furuta, Daisuke Mashimo, Syuta Honda, Jun Okabayashi, and Ko Mibu, “Control of conductivity in Fe-rich cobalt-ferrite thin films with perpendicular magnetic anisotropy”, Phys. Rev. Materials 7, 054402 (2023).
DOI: 10.1103/PhysRevMaterials.7.054402
【概要】名古屋工業大学の森下氏らは、垂直磁気異方性を示す絶縁性および導電性のコバルトフェライト薄膜の選択的な成膜方法を確立し,電気伝導測定や元素とサイト選択的な高エネルギー磁気分光を用いた解析から、Feの割合が多いコバルトフェライト薄膜の導電性の違いが陽イオンの価数と陽イオン欠陥の違いにより生じることを明らかにした。導電性コバルトフェライト薄膜は、計算ではスピン分極率が100%となることから、スピン偏極電子を生成する材料として垂直磁化のスピントロニクスデバイスでの利用が期待される。
【本文】
逆スピネル構造を持つコバルトフェライト(CoFe2O4)は、高いキュリー温度を持つ強磁性体(フェリ磁性体)としてフェライト磁石の材料に利用されてきた。近年では、立方晶 (001) 方向に成長したコバルトフェライト薄膜に面内方向に引張歪みが加わると垂直方向の磁気異方性を示すことから、垂直磁化の磁気デバイスの候補材料として研究が行われている。
名古屋工業大学大学院工学研究科の森下雅也氏、市川知幸氏、古田元春氏、眞下大輔氏、田中雅章准教授、壬生攻教授は、関西大学システム理工学部の本多周太准教授、東京大学大学院理学系研究科の岡林潤准教授と共同で、CoFe2O4よりFeの割合が多い Fe-richコバルトフェライトの作製条件を調整することで電気伝導特性を導体-絶縁体で制御できることを実証した。また、この電気伝導特性の違いが、陽イオンの価数と陽イオン欠陥の違いに起因することを明らかにした。
本著者らは、Fe-richコバルトフェライト薄膜をMgO(001)基板上にパルスレーザー蒸着法を使って作製する際に、CoFe2O4とFe3O4の混合粉末の焼結体を使用してO2雰囲気で成膜すると絶縁体になり、CoFe2O4とα-Feの混合粉末の焼結体を使用してAr雰囲気で成長すると導電体になることを実証した。また、図1(a)に示す組成が異なる導電性コバルトフェライト薄膜の電気抵抗率の温度依存性から、300 KではFeの割合が高いほど電気抵抗率が小さくなることを示した。
次に、絶縁性及び導電性のコバルトフェライト薄膜に対する57Feメスバウアー分光(図1(b))およびX線磁気円二色性の測定から、絶縁性のコバルトフェライトにはFe2+イオンがほとんど存在せず、また、図1(c)のようにCo2+イオンがFe3+イオンと陽イオンの欠陥に置換されていることを明らかにした。一方、導電性のコバルトフェライトには、Fe2+イオンとFe3+イオンの両方が存在し、図1(d)のようにCo2+イオンがFe2+イオンに置換されていることを明らかにした。さらに、コバルトフェライト薄膜の導電性は、逆スピネル構造における八面体サイト内のFe2+イオンとFe3+イオンのホッピング伝導に起因することを明らかにした。また、Fe-richコバルトフェライトの第一原理計算によって、導電性のコバルトフェライトの場合は、伝導電子のスピン分極率が100%になることを明らかにした。
本著者らは、絶縁体のコバルトフェライト薄膜をバリア層としたトンネル型スピンフィルター素子を用いてスピン偏極電流の生成に成功している(M. Tanaka et al., Appl, Phys. Lett. 122, 042401 (2023))が、導電性のコバルトフェライト単層薄膜中を伝導する電子も、大きくスピン分極していることが期待される。本研究成果で絶縁性および導電性の選択的成膜が可能となったコバルトフェライト垂直磁化膜は、スピン偏極電流生成のための材料として垂直磁化の磁気デバイスなどの様々なスピントロニクスデバイスへの利用が期待される。
(NIMS 増田啓介)