3.10

3.10:PASPS III

TMR素子におけるスピン注入磁化反転と半導体中への高効率スピン注入

  米国サンタバーバラで開催された、The 3rd International Conference on Physics and Applications of Spin-Related Phenomena in Semiconductors(PASPS III)において、Cornell大のRalphは、スピン分極電流による磁化反転現象に関して興味深い報告をした(Invited Talk:Manipulation Nanomagnets with Spin-Polarized Currents)。
  まず、スピン分極電流によるフリー強磁性層の磁化反転機構について、金属磁性体を用いた微細CPP-GMR素子における実験結果と併せて説明した。また、素子に特定の磁場と電流を印加することにより、GHz周波数領域のスピンプリセッションを誘起できることを示した。さらに、トンネル磁気抵抗素子(CoFeB(20 Å)/AlOx(6.5 Å)/CoFeB(80 Å)、素子サイズ25 nm × 100 nm)おいて、電流誘起によるフリー強磁性層の磁化反転に成功したことを報告した。CoFeBは通常の強磁性金属・合金と比較して磁化が小さいため、反転に必要な臨界電流密度の低減に有効であるとした。これらの結果を踏まえ、スピン輸送効果の利用により高性能MRAMやナノスケールのマイクロ波源が実現できるとした。
  また、東北大の千葉と東工大の守谷は、強磁性半導体を用いたトンネル磁気抵抗素子を作製し、スピン分極電流による磁化反転現象をそれぞれ独立に報告した(Electrical Manipulation of Magnetism in Ferromagnetic III-V Semiconductor, Magnetization Reversal by Electrical Spin Injection in Ferromagnetic (Ga,Mn)As-Based Magnetic Tunnel Junctions)。両者ともに磁化反転に必要な臨界電流密度は105A/cm2程度と見積もり、金属強磁性を用いたCPP-GMR素子の場合と比較して約1~2桁ほど小さい結果を得た。ただし、得られた臨界電流密度はSlonczewskiの理論から予想される値と大きく異なっており、今後の課題とした。
  一方、IBMのParkinは、CoFe/MgO(001)からGaAsへのスピン注入実験について報告した(Invited Talk:A Highly Efficient Electrical Tunnel Spin Injector Based on (100)CoFe/MgO)。Parkinはスピン注入部(CoFe/MgO)、中間層(GaAs)および検出部(III-V半導体量子井戸構造)から構成される素子を作製し、注入電流のスピン分極率を量子井戸からのエレクトロルミネッセンスの偏光度により求めた。その結果、スピン分極率は温度に強く依存し、約100Kで最大値(~60%)を得た。スピン分極率の温度依存性より、スピン緩和は主に量子井戸中のD’takonov-Perel機構によって生じていることを指摘した。また、400 Kまでのアニール後の測定においてもスピン注入効率に変化は見られず、耐熱性にも優れることを示した。これらの結果より、金属強磁性/MgO(001)構造が、室温で動作するスピントロニクス素子の実現に有効であると結論した。

(産総研 齋藤 秀和)

スピントロニクス

前の記事

3.09
スピントロニクス

次の記事

2.02