131.03
【分野】磁気記録
【タイトル】マイクロ波によってアシストされた磁化多層膜の層選択磁化反転
【出典】
H. Suto, T. Nagasawa, K. Kudo, T. Kanao, K. Mizushima, and R. Sato
“Layer-Selective Switching of a Double-Layer Perpendicular Magnetic Nanodot Using Microwave Assistance”, Phys. Rev. Applied 5, 014003 (2016).
【概要】
マイクロ波アシスト磁化反転を利用した多層記録の実現に向け、2つの垂直磁化膜から成る磁化多層膜において、磁性層の保持力差を利用して選択的にマイクロ波アシスト磁化反転が行えることを実験的に示した。
【本文】
磁気記録媒体の飛躍的な記録密度向上に伴い、小さな磁性体の磁化を確実に反転させる技術が求められている。このニーズに応えるための候補の一つに挙げられているのがマイクロ波アシスト磁化反転である。通常、磁化を反転させるには磁性体の異方性磁場より大きな直流磁場を印加しなければならない。しかし記録密度が高くなれば熱耐性を保つために異方性磁場を大きくしなければならず、それを越える大きな直流磁場を数ナノメートル平方程度の小さなビットに、周囲のビットに影響を与えることなく照射するのは技術的に難しい。マイクロ波アシスト磁化反転のポイントは、磁性体にマイクロ波を照射すると、マイクロ波の周波数がある値をとる時に比較的小さな直流磁場で磁化を反転させることができる点である。マイクロ波アシスト磁化反転のもう1つのポイントはマイクロ波の回転方向が磁化の歳差方向と一致している時にのみ磁化反転が起こる点で、これを利用してビットに特定の情報を書き込むことができる。この技術が実用化レベルに達せれば磁気記録の更なる発展に繋がると期待されている。
東芝の首藤らは更に進んで、マイクロ波アシスト磁化反転による多層記録の研究を提案し、その一歩として2枚の垂直磁化膜の選択的磁化反転の実験を行った。2枚の磁性体はどちらもCoとPtの多層膜であるが、その厚みと積層枚数が異なることで異なる異方性磁場(4.8kOeと5.4kOe)を有している。このため、2枚の磁化は異なるマイクロ波周波数、もしくは直流磁場に対して磁化反転を行う。磁化反転を観測するために記録層の下にMgOバリアを介してCoFeB面内磁化膜が接合されている。CoFeB層の磁化は垂直磁場に対してわずかに反応し垂直方向上もしくは下向きに向きを変える。すると上部の記録層の磁化との相対的な向きが平行もしくは反平行に近づくので、磁気抵抗効果を通じて記録層の磁化配置が読み取れる仕組みである。論文の図3(a)と図4(a)を比較すると、一方の磁性層はマイクロ波周波数が10GHz程度の時に反転磁場が小さくなっているのに対し、もう一方の磁性層はより高い周波数(15GHz程度)で反転磁場が小さくなる。そしてどちらの場合も反転磁場は各層の異方性磁場より小さい。このため、マイクロ波周波数と直流磁場の値を調整することで選択的に磁化反転を行えることが可能となる。
本研究は将来の多層記録実現の第一歩として極めて重要な一歩であると考えられる。しかし単層のマイクロ波アシスト磁化反転もまだ実用化されていない現状で、多層記録の実現には確認しなければいけない点がまだたくさんある。物理的な面に限っても、書き込み時間の目安である数ナノ秒間のマイクロ波照射でも磁化反転が起こるのか、書き込みヘッドとして提案されている(J. Zhu et al., IEEE Trans. Magn. 44, 125 (2008))スピントルク発振器を用いた場合にスピントルク発振器が安定に発振状態に落ち着く時間をどれだけ短くできるか、スピントルク発振器から照射されるマイクロ波の周波数はビットとの相互作用を通じて時間と共に変化するがそれでも今回の結果は成り立つのか、など調べなければいけない課題はたくさんある。著者らはシミュレーションによって既にこれらの点も検討を始めてるが(K. Kudo et al., Appl. Phys. Express 8, 103001 (2015))、それが実験で確認できればより大きなインパクトを与えられるであろう。
(産総研 谷口知大)