74.01

分野:
磁気物理
タイトル:
フェライト/非磁性金属/強磁性多層膜におけるスピントルク効果の理論的研究
出典:
“Initiation of spin-transfer torque by thermal transport from magnons” Phys. Rev. B 82, 054403 (2010)
 
概要:
フェライト/非磁性/強磁性多層膜においてフェライト内でマグノンを励起することにより生じるスピントルク効果を調べた。1電子ボルト程度の熱をフェライトに与えることで、従来のトンネル磁気抵抗素子より2桁大きいスピントルク効率が得られることが予測された。
本文:
 
カトナー研究所のJ.C.Slonczewskiはフェライト/非磁性金属/強磁性金属多層膜におけるスピントルク効果を理論的に調べた。熱流からスピン流への変換や、絶縁性フェリ磁性体内でのスピン波励起による電気信号の伝達といった熱とスピン伝導に関する物理現象は東北大学の斎藤グループによって精力的に研究されている[内田ら、Nature 455, 778 (2008)、梶原ら、Nature 464, 262 (2010)]。Slonczewskiはこれら研究を参考に、フェライトに熱を注入することで生じるマグノンによって非磁性金属にスピン流を生成する方法を提案した。
フェライトと非磁性金属の間にはMnやFeなどの薄い磁性層が存在し、フェライト内のスピンおよび非磁性層内の伝導電子と交換結合していると仮定されている。フェライトに熱を与えるとマグノンが励起される。マグノンの角運動量が磁性層を介して非磁性金属中の伝導電子に渡されることでスピン流が生じ、強磁性層の磁化にスピントルクが働く。このスピン流生成のメカニズムはスピンポンピング効果と比較すると理解しやすい。スピンポンピング効果では強磁性金属にマイクロ波を照射して磁化の運動を誘起し、非磁性金属にスピン流をポンプする。強磁性金属をフェライトに、マイクロ波を熱に、磁化の運動をマグノンの励起に置き換えればSlonczewskiの提案する描像がイメージしやすいであろう。
トンネル磁気抵抗素子のスピントルク効率εはスピン流と電流の比で定義され、最大でも1/2である。一方、Slonczewskiの提案するメカニズムではεがフェライトに与える熱とマグノンのエネルギーの比と定義される。Fe3O4などのフェライトに1電子ボルトの熱を与えた時の効率はε=40程度と見積もられた。Slonczewskiの理論は今後、熱によるスピン流伝播の実験の解析に適用されると共に、大きなスピントルク効率を利用した高周波数スピントルク・オシレーターの研究開発を促すであろう。 

(筑波大学・産総研 谷口 知大)

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