230.01

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【分野】スピントロニクス

【タイトル】磁場履歴を記憶できる新たな巨大抵抗変化メモリ素子を実現
      -磁場でも制御可能なメモリスタの開拓-

【出典】

  • 東京大学工学部ホームページ(2025年プレスリリース)
    https://www.t.u-tokyo.ac.jp/press/pr2025-01-10-001
  • Masaya Kaneda, Shun Tsuruoka, Hikari Shinya, Tetsuya Fukushima, Tatsuro Endo, Yuriko Tadano, Takahito Takeda, Akira Masago, Masaaki Tanaka, Hiroshi Katayama-Yoshida, and Shinobu Ohya
    “Giant memory function based on the magnetic field history of resistive switching under a constant bias voltage”
    Advanced Functional Materials 35, 2415648 (2025).
    DOI: 10.1002/adfm.202415648
    URL: https://doi.org/10.1002/adfm.202415648

【概要】
東京大学大矢忍教授らのグループは、印加電圧の履歴を記憶するだけでなく、一定の電圧を印加した状態において磁場履歴も記憶できる新たなメモリ(メモリスタ)を実現した。本成果は、スピントロニクスデバイスとメモリスタの研究を融合したもので、磁気メモリや磁気センサ等の次世代の新たなデバイスの実現が期待される。

【本文】
メモリスタは入力電圧の履歴に基づいて抵抗が変化するデバイスで、次世代メモリやインメモリコンピューティング、さらに近年はニューロモルフィックコンピューティングなどへ応用できるものとして注目されている。メモリスタは通常、絶縁層を金属電極層で挟んだ二端子デバイスで構成されており、代表的な動作原理としては、絶縁層中の酸素空孔や金属原子が電圧の印加によって移動し、絶縁層内に導電性のフィラメントが形成されて電流の大きさが変化する抵抗スイッチ効果などがある。これまでメモリスタの抵抗を電圧で制御する研究は盛んに行われてきたが、メモリスタの磁場依存性についてはほぼ研究が進んでいない。メモリスタが、印加された電圧の履歴に加えて磁場の履歴も記憶できれば、磁気メモリへの応用が可能となり、メモリや論理回路、さらにはニューラルネットワークにおいて有用な新たなデバイスの実現につながると考えられている。
磁場の履歴を記憶できる電子デバイスとしては、磁気ランダムアクセスメモリ(MRAM)が長く研究されており、現在商用化されている。MRAMは電源を切ってもデータが消えないデバイスで、消費電力が小さく高速に動作することから広く研究が進んでいる。MRAMに用いられる素子の磁気抵抗比は、過去のさまざまなブレークスルーにより少しずつ向上しており、その値は現在千%が達成されている。さらに磁気抵抗比を大幅に増加させるためには、従来とは根本的に異なる動作原理を実現する必要がある。
今回、本研究グループは、コバルト(Co)、鉄(Fe)、酸化マグネシウム(MgO)、ボロン添加Ge(Ge:B)およびGeからなる多層膜を電極としn型の半導体ゲルマニウム(n–Ge)をチャネルとする二端子デバイスを作製した(図1)。本素子では、電流-電圧特性に特異な2段階の抵抗スイッチが観測された(図2(a))。上記の磁場履歴の記憶機能は、これらのうち高電圧側の抵抗スイッチで得られたが、低電圧と高電圧領域のスイッチングのどちらにおいても、スイッチングの起こる電圧を磁場により制御可能であることが分かった。また、図2(b)に示すように、3 Kの低温において、この素子に一定の電圧を印加して外部磁場の大きさを変化させると、抵抗が大きく変化することを発見した。素子が低抵抗になった状態で磁場の掃引方向を変えると、磁場の履歴を反映してその抵抗に近い状態が維持され、しばらくして高抵抗状態に戻ることが分かった。この結果は、磁場の履歴に応じて抵抗を保持できることを示す。最も大きなところで32,900%の大きな磁気抵抗比が得られた。
本研究では、これまで未開拓であったメモリスタの磁場依存性と印加電圧の履歴依存性を組み合わせることで新しい機能を実現した。本成果は、従来の限界を超える高性能の磁気メモリやセンサなどの実現に向けた基盤技術となる可能性がある。また、磁場により特性を調整できる新しいニューロモルフィックデバイスの開発にもつながる可能性があり、次世代AI技術の発展を後押しするものと期待される。動作温度はまだ3 Kの極低温に限られているが、研究グループが提案した2つのモデルに基づいて、MgO層のMg空孔濃度を増やして太いフィラメントを形成する、あるいはチャネル長や不純物濃度を調整することで、更なる高性能化が期待される。

(東京大学 小林正起)

図1. 縦型メモリスタデバイス[1]。デバイスはエピタキシャル単結晶ヘテロ構造Co (5 nm)/Fe (17 nm)/MgO (1 nm)/Ge:Bから構成される。(a), (b)デバイスの概要的な側面図と上面図。(c)図(b)の破線で示した断面における走査型透過電子顕微鏡で観測された格子像。

図2. 縦型メモリスタデバイスの磁場下における電流-電圧特性[1]。(a)3 Kにおける電流-電圧特性.磁場によって抵抗のスイッチング電圧が変化している。低抵抗状態(LRS)と高抵抗状態(HRS)がスイッチする。(b)温度3 Kにおいて17 Vの電圧を素子に印加した状態で磁場を変化させたときの電極間の抵抗。

磁気記録

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