220.01

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【分野】
スピントロニクス

【タイトル】
制御効率は従来材料の50倍!
磁化を持たない反強磁性体のスピンを電圧で制御!
―低消費電力・テラヘルツ駆動デバイスへ道―

【出典】
・Kakeru Ujimoto, Hiroki Sameshima, Kentaro Toyoki, Takahiro Moriyama, Kohji Nakamura, Yoshinori Kotani, Motohiro Suzuki, Ion Iino, Naomi Kawamura, Ryoichi Nakatani, and Yu Shiratsuchi, “Giant gate modulation of antiferromagnetic spin reversal by the magnetoelectric effect”
NPG Asia Materials, 16, 20 (2024)
DOI: 10.1038/s41427-024-00541-z
URL: https://www.nature.com/articles/s41427-024-00541-z
・大阪大学(2024年プレスリリース)
URL: https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2024/20240405_1
・名古屋大学(2024年プレスリリース)
URL: https://www.nagoya-u.ac.jp/researchinfo/result/2024/04/50—–.html

【概要】
大阪大学大学院工学研究科の白土 優 准教授、同大学院生 氏本 翔さん(博士前期課程 研究当時)、鮫島 寛生さん(博士前期課程)、名古屋大学大学院工学研究科の森山 貴広 教授、三重大学大学院工学研究科の中村 浩次 教授、関西学院大学工学部の鈴木 基寛 教授、高輝度光科学研究センターの河村 直己 主幹研究員らの共同研究グループは、反強磁性体であるクロム酸化物(Cr2O3)薄膜に対して、低消費電力・高速駆動が可能な電圧によるスピン制御技術を開発した。また、その制御効率を従来材料である強磁性体の50倍以上に高効率化することに成功した。

【本文】
これまでのエレクトロニクスは、電子のもつ電荷を利用して発展してきた。電子は、電荷の他に磁性(磁石)の起源となる回転運動(角運動量)に基づくスピンという性質を持つ。スピントロニクスは、電荷とスピンの両方を利用する学術分野であり、例えば、スピントロニクスを利用したメモリデバイスは、高速性・耐久性・高密度・低消費電力性(不揮発性:電源を切っても,情報が失われない)を兼ね備えたデバイスである。スピントロニクスデバイスでは、スピンが担う磁化の向き(N極-S極の向き)を情報の「1」と「0」に対応付けて、情報を不揮発に記録する。このため、これまでスピントロニクスに利用されてきた磁性(スピン)材料は、マクロな磁化を持つ強磁性体(磁石)であった。一方、磁性材料の中には、原子レベルではスピンを持つがマクロな磁化は生じない反強磁性体と呼ばれる材料がある。従来の考え方では、反強磁性体は磁化を持たないため、利用価値に乏しい材料と考えられてきたが、もし反強磁性体のスピンを利用できれば、強磁性体を用いたデバイスと比較して、動作速度が2~3桁高いテラヘルツ領域での駆動が可能とされている。そこで、反強磁性体のスピンの制御技術の開発が進められている。とりわけ、昨今の情報処理デバイスの低消費電力化の需要と相まって、低消費電力でのスピン制御技術である電圧によるスピン制御技術が注目されている。
最近、同研究グループは、反強磁性材料であるクロム酸化物(Cr2O3)に対して、スピン情報が強く表れるナノメートル(ナノは10-9)領域まで薄くすることで、反強磁性体のスピンを制御できることを明らかにしたが(氏本 翔、白土 優 他、Applied Physics Letters, 123巻、022407(全7ページ)、2023年)、デバイスへの適用に向けて、低電力駆動に必要となる電圧による制御が必要であった。しかし、電圧で制御できる材料の性質は誘電性であり、磁石としての特性である磁性を電圧で直接制御することはできない。そこで、研究チームは、「電気磁気効果」と呼ばれる磁性と誘電性の結合効果に着目した。この効果は、電圧による結晶内での磁性イオンの移動(誘電性)が、磁性イオンのスピン状態を変化させることによって生じる効果であり、反強磁性体においても適用できる効果である。研究グループは、この効果を利用して、クロム酸化物(Cr2O3)薄膜のスピンを電圧で制御することを試みた。その結果、磁場を変化させず電圧の変化のみで反強磁性体のスピン方向を反転できることを明らかにした。スピン反転条件は、電圧や磁場の強さによって変化させることができ、その変調効率(単位電界あたり)が従来の強磁性材料を用いた場合と比較して、50倍以上も高効率であることを明らかにした。また、電圧の向きにより、情報の「1」と「0」に対応するスピンの向きを選択できることも明らかにし(図2)、将来的なメモリ動作の可能性も実証した。観測された現象の起源解明のために、大型放射光施設SPring-8のビームラインBL25SU(軟X線固体分光ビームライン)、BL39XU(磁性材料ビームライン)において元素選択的な磁気測定(X線磁気円二色性測定)を行い、クロム酸化物(Cr2O3)と電極金属(Pt)との接合界面にあるクロム(Cr3+)スピンが反転しており、電気磁気効果による磁性制御に重要な役割を果たしていることや、強磁性体で観測される金属膜(Pt)自体の磁性による効果が無視できるほど小さいことから、観測された高効率のスピン制御が従来の強磁性体とは異なるメカニズムで発現していることを明らかにした。さらに、電気磁気効果は磁性材料の中でも特殊な材料でのみ生じるものと考えられてきたが、実験結果と第一原理計算を用いた理論的考察により、反強磁性体と金属の接合面において、結晶内部とは異なる原理で電気磁気効果が誘起できることを見いだし、他の材料系への適用指針も示した。
磁化の向きを変えるには、磁化が向きを変えるための駆動力が、その向きを固定しているエネルギー障壁の高さを超える必要がある。駆動力は、磁化(マクロなN極-S極)と磁場の積で決まる。反強磁性体では磁化がないため、駆動力がほぼない。これが、「反強磁性体のスピン(磁化の起源)が制御できない」とされてきた理由である。強磁性体では、電圧によってエネルギー障壁を低下させることを原理にした研究が進められているが、これは、強磁性体では、磁化が電圧によって変化せず、電圧を印加した場合でも駆動力がほぼ変化しないためである。一方、研究グループが着目した電気磁気効果は、電圧によって一時的にマクロな磁化を生成する効果であり、この効果により、電圧によって磁化を反転させるための駆動力を変化させることができる。今回の成果は、この効果を利用することで、本来は磁化を持たない反強磁性体のスピンも制御できることを示したものであり、また、強磁性体とは異なる原理を使うことで、高い効率でスピンの向きを制御できることを明らかにしたものである。この発見は、今後の反強磁性体のスピン制御の指針を与えるとともに、電圧駆動型のスピントロニクスデバイス設計に向けたナノスピン材料の設計指針を与えるものとなる。
(大阪大学 豊木研太郎)

図1 (a) 本研究で用いたクロム酸化物を含むデバイスの模式図.電圧を加えると,上向き・下向きのスピンの大きさが変わる.(b) 固定磁場状態で電圧のみを変化させて、スピン反転によりシグナル(ホール電圧)が変化する様子.(c) 印加する電圧に応じたスピン反転磁場の変調.

図2 磁場と電圧(電界)に対する安定なスピンの向き.電圧(電界)と磁場の組み合わせにより、上向きスピン状態と下向きスピン状態を選択できることを示している.

図1,2はCreative Commons Attribution 4.0 LicenseのもとにK. Ujimoto et al., NPG Asia Materials, 16, 20 (2024), DOI: 10.1038/s41427-024-00541-zより一部注記を加えて転載.

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