43.01
- 分野:
- スピンエレクトロニクス
- タイトル:
- 有限バイアス下でのスピン注入トルクの直接測定に成功
- 出典:
- Quantitative measurement of voltage dependence of spin-transfer torque in MgO-based magnetic tunnel junctions,
H. Kubota, A. Fukushima, K. Yakushiji, T. Nagahama, S. Yuasa, K. Ando, H. Maehara, Y. Nagamine, K. Tsunekawa, D. D. Djayaprawira, N. Watanabe and Y. Suzuki,
Nature Physics 4, 37 (2008) - 概要:
- 高速・大容量なスピンRAM実現のためには、スピンRAMの駆動力であるスピン注入トルクの評価、特に有限バイアス下でのスピン注入トルクの定量的な評価を行うことが必要である。産業技術総合研究所の久保田らは、MgOバリアを用いたTMR素子おけるスピン注入トルクのバイアス依存性を、スピントルクダイオード効果を用いて直接測定することに成功した。測定されたスピン注入トルクのバイアス依存性は理論的な予測ともよく一致しており、スピンRAMの最適設計を可能にし、スピンRAMの研究開発が大幅に加速されるものと期待される。
- 本文:
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スピン注入磁化反転を用いた高速・大容量な不揮発性磁気メモリ(スピンRAM)を実現するためには、スピン注入磁化反転の駆動力であるスピン注入トルクの評価、特に有限バイアス下でのスピン注入トルクの定量的な評価を行うことが必要である。2005年に産業技術総合研究所・エレクトロニクス研究部門ではMgOバリアを用いたトンネル接合にマイクロ波を与えることによりスピン注入磁気共鳴が発現し、その結果、検波・整流作用が得られること(スピントルクダイオード効果)を発見した。スピン注入トルクにはスピン・トランスファー・トルク(STT)と呼ばれるトルクと、フィールド・ライク・トルク(FLT)と呼ばれるトルクの2種類が存在するが、スピントルクダイオード効果を用いるとそれぞれのスピン注入トルクの大きさを測定することができる。産業技術総合研究所・エレクトロニクス研究部門の久保田主任研究員らは、MgOバリアを用いたTMR素子に直流電圧を印加した状態で、スピントルクダイオード効果を用いて、STTとFLTの直流電圧依存性を直接測定することに成功した。測定したSTTの直流電圧依存性は単調ではなく、有限の直流電圧で極値を持つ。この非単調な直流電圧依存性は2006年にTheodonisら[Phys. Rev. Lett., 97, 237205 (2006)]によってタイトバインディング・モデルを用いた理論計算から予測されており、久保田らの測定結果は理論計算と定量的にもよく一致する。また、測定したFLTは直流電圧の2次関数となっており、この振る舞いも理論的な予測と一致する。しかしながら、Theodonisらの理論では測定されたSTTとFLTを同じパラメータで再現することはできず、理論モデルに改良の余地があるものと考えられる。
スピン注入トルクの直流電圧依存性が直接測定できるようになったことで、スピン注入磁化反転のメカニズムの解明が進み、スピンRAMの最適設計が可能になるものと期待される。また、スピンRAMだけでなく、スピン注入トルクを用いたマイクロ波発振器などの新しいスピンデバイスの研究開発も大幅に加速されるものと期待される。
(産業技術総合研究所ナノテクノロジー研究部門 今村裕志)