10.06(第140回研究会報告から)

分野:
磁気物理
タイトル:
層間磁気結合
概要:
 基礎的に興味深く、デバイス開発においてはその存在が必須である磁性多層膜の層間磁気結合につき議論して理解を深めようという意図で研究会が開催された
本文:
 
2005年2月15日、第140回研究会が化学会館において「層間磁気結合」をテーマにして開催された。基礎的にも興味深く、デバイス開発においてはその存在が必須である磁性多層膜の層間磁気結合について、現在どこまで理解され、どのような解析手法があり、どのように使われているか、幅広く取り上げ、議論して理解を深めようという意図で開催された。
 講演内容の概略は以下の通りである。
 1.「層間磁気結合の研究の現状と展望」中谷亮一(阪大):層間磁気結合を、磁性層間の直接結合と磁性層間に非磁性層を介した間接結合に分類し、それぞれの特徴およびアプリケーションを示しながら、実験的、理論的研究の発展過程をレビューした。特に、反強磁性/強磁性の交換結合に関し、その発見から現象を説明する理論の進展、磁気デバイスへの適用について詳細に述べられた。
 2.「多様な反強磁性スピン構造が反強磁性/強磁性界面における交換結合バイアスに及ぼす影響」三俣千春(日立金属):反強磁性合金/強磁性の交換結合バイアスの起源を反強磁性体に形成される多様なスピン構造との関係で解析した研究である。Mn系反強磁性合金について、非磁性原子を含むL10、L12型規則合金とγ相不規則合金で実現するスピン構造を強磁性層と結合させ磁気構造を決定した。その結果、単純な反平行な反強磁性スピン配列では交換バイアスが発生せず、反強磁性がフラストレートした磁気構造をとったときにのみ交換バイアスの発現することを見いだした。これは多くの実験結果と対応し、交換結合バイアスの発生には反強磁性層のスピンフラストレーション効果が重要な役割を果すことを明らかにした。
 3.「Mn-Ir/Co-Fe積層膜の巨大交換磁気異方性」角田匡清(東北大):Mn-Ir/CoFe積層膜で最近見出された巨大交換磁気異方性の報告である。磁気デバイスでは高い一方向磁気異方性定数(Jk)とブロッキング温度(TB)が薄い反強磁性膜で実現する必要がある。この要求を満たす材料としてL12構造のMn-Ir規則合金に着目し、超高真空中で基板加熱を実施することにより規則合金を作製することに成功した。Mn-Ir/CoFe積層膜では、Jkが大きく、同時にTBの高い交換結合膜が得られること、一方向異方性を示す反強磁性層の臨界膜厚も従来の不規則相を用いた場合と同程度に薄くできることが示され、磁気ヘッド等への有望な材料であると述べられた。
 4.「スピン偏極走査トンネル顕微分光法を用いての層間磁気結合の研究:Fe/Mn/Fe(001)多層膜」山田豊和(学習院大):スピン偏極走査トンネル顕微分光を用いた反強磁性/強磁性膜の磁気構造解析の報告である。強磁性Fe(001)上の層状bct-Mn(001)膜の上のFe膜を真空蒸着で1層ごとに積層し、Fe/W探針を用いて層間隔から構造を推定し、微分コンダクタンスから磁化状態を調べた。Feの上に積層したMnはFeに対して0°および180°のスピン方向をとること、その上に積層したFe膜は初期4層がbct構造、7層以上ではbcc構造になること、スピンは7層以上ではもとのFeに対して90°方向となるが、Mn直上では124°、2層目は116°など4層以下ではnon-collinearな磁気結合をしていると述べられた。
 5.「放射光と光電子顕微鏡(PEEM)を用いた磁性多層膜の研究:その現状と新展開」小嗣真人(広大):表面界面研究で脚光を浴びている光電子顕微鏡(PEEM)を用いた磁性多層膜および鉄隕石の磁気構造に関する研究報告である。PEEMを用いることで状態分析と同時に磁化の方向や大きさなどの磁気状態が元素単位で得られる例として、ウェッジ構造のCo/NiやCo/FeMn/Ni磁性多層膜について、元素ごとの磁区が示され、磁気構造が膜厚に依存して変化する様子が紹介された。また、Fe-Niが主成分である隕石について、金属組成と組織および磁区構造の関係などが紹介され、最近の開発中の低温PEEMの概要が報告された。
 6.「メスバウアー分光法でみる反強磁性/強磁性層間磁気結合多層膜の磁気構造」壬生 攻(京大、名工大):メスバウアー効果による反強磁性/強磁性層間磁気結合の解析に関する報告である。メスバウアー効果を利用した層間磁気結合の解析として、入射γ線の方向を変えて測定したFeRhIr/NiFe2層膜の磁気構造解析と、Fe/Cr人工格子のCrの一部をSnで置換し、Snの局所的な磁気情報からCrの磁気構造を探る研究が報告された。Fe/Cr人工格子では、Cr膜厚が薄くなるとCr中のSnの内部磁場が急減し、これがFeとの界面近傍にあるCrの磁気的なフラストレーションによって生じているという解析結果が報告された。また、原子核の励起エネルギーにあわせて単色化された直線偏光放射光を試料に照射した時に生じる核共鳴散乱を用いたメスバウアー効果によるFe細線の測定結果が述べられた。
 7.「中性子反射率によるGMR膜の磁気モーメント評価」平野辰巳(日立):偏極中性子反射率を用い、GMR膜の磁性層磁気モーメントを分離して計測した結果の報告である。GMR膜固定層の各層膜厚をX線反射率で求め、次に偏極中性子反射率を測定解析して磁性層の磁気モーメントを得た。磁気モーメントの大きさはVSMの結果とほぼ対応し、この方法の有効性を示した。また、反強磁性PtMnと固定層CoFeのmagneticな界面幅がX線よりも大きいことから、何らかの磁気結合を反映したものかもしれないと推察した。
 8.「GMRヘッド固定層磁化挙動解析と改善策」西岡浩一(日立GST):GMRヘッドの動作不良の起源を固定層の磁化挙動との関連で分類し、改善提案が述べられた。GMRヘッド微細化とともに、ヘッド形成時のプロセスダメージがデバイスに強い影響を与え、出力低下や出力反転を発生させる。この出力パターンを分類し、それぞれがGMR膜固定層における反強磁性/強磁性交換結合および強磁性膜/Ru/強磁性膜の反強磁性結合などの層間の磁気結合の強さがその異常と対応することを明らかにした。これをもとに反強磁性/強磁性結合を強くすることが出力低下や反転を抑えるには最も効果的であることを提案した。
 9.「トグル方式MRAMにおける層間磁気結合」橋本実(ソニー):トグル方式MRAMの記録特性と層間磁気結合との関係を解析した報告である。トグル方式は反強磁性構造となる自由層の磁化過程を利用し、磁場印加過程を制御することで磁化反転させる記録方式である。強磁性層間にRuを介した反強磁性構造の自由層を用いたとき、動作マージンは反強磁性結合の強さに依存すること、マージンを広げるためには、180°結合(係数J1)の自由層間のスピン結合に90°結合(J2)の成分を導入することが有効なことが示された。また自由層/固定層間の層間に働く静磁結合によって磁化反転を起こさないダイレクト領域が形成されることから、固定層からの静磁場がないように固定層断面が露出する寸前でエッチングを止める加工方式が有効であることが述べられた。
 10.「磁気結合の光磁気ディスクへの応用」小林正(三重大):光磁気記録の性能向上を磁気結合の観点から述べた報告である。光磁気記録では希土類-3d遷移金属フェリ磁性合金多層膜の強磁性的な層間結合を利用して磁化配置、磁化過程を制御している。これにより光学系の分解能を超えた微小マークを読み出すことができる磁気超解像(MSR)や磁壁移動検出(DWDD)などが実現される。また、多値記録、光強度変調によるダイレクトオーバーライトなど、磁化反転モードや磁壁形成を層間磁気結合制御で最適化し性能向上に結び付けていることが述べられた。
 各講演とも研究の背景から最新の話題までわかりやすくまとめられ、層間磁気結合にまつわる研究の重要さ、面白さがよく理解できた。57名の参加者があり、議論も活発になされ、この分野に対する関心の高さが感じられた。

(NEC 大嶋則和)