4.03:ICF9
国際会議報告
第9回国際フェライト会議の”EMI and High Frequency Application of Ferrites and Composites”のセッションにおいて、G. Beach (Univ. of Texas-Austin) と A. Berkowitz (Univ. of California-San Diego) らによる印象に残った招待講演があった(The CoxFe100-x Metal/Native Oxide Multilayer: A New Direction in Soft Magnetic Materials: CA-4)。
磁性金属グラニュラーがAl2O3等の非磁性絶縁体中に分散した構造を持つグラニュラー薄膜は、GHz帯域まで高い透磁率を示し、磁気記録応用(記録ヘッド、垂直磁気記録用下地層)や薄膜インダクターあるいは次世代のEMCに対応する伝導ノイズ抑制体への応用などに向けて研究が行われている[1][2]。 これらの材料開発で重要となるのが、如何に高飽和磁化を落とさずに絶縁性を得るのか、言い換えればどれだけ非磁性絶縁性層を薄くできるか、にある。本講演では、CoxFe100-xグラニュラー層とその表面に形成した自然酸化層からなるmetal native oxide multiplayer (MNOM)について、断面TEM観察と抵抗率、軟磁気特性、高周波透磁率に加えてメスバウアー効果で測定した自然酸化層中のスピン挙動が発表され、軟磁気特性を扱う研究者に取って興味深い内容であった。
スパッタ法により基板上に< 20ÅのCoFeグラニュラー層を形成後、一旦堆積を中止し、チャンバー中に導入した~8×10-5 Torrの酸素ガスに10秒間晒すことで表面に自然酸化層を形成した。真空引きにより高真空に戻した後に再びCoFeグラニュラー層をスパッタ堆積するというプロセスの繰り返しにて[CoxFe100-x/oxide]の多層膜を形成した。
自然酸化層厚はCoFe層厚t 0には依存せずにCo組成xの増加で若干減少し、x = 50で7.1 Å、x = 90では6.3 Åとなった。体積抵抗率についてはt 0が20 Å → 10 Åへと減少するに従い、自然酸化層の体積比率が増加するため120→600 μΩcmと増加する(発表者らが以前Feグラニュラー膜を用いたMNOM試料では12 μΩcmが得られている)。 t 0 >16 Åではが温度に対して正の傾き、それ以下では負の傾きを示すが、断面TEM観察よりCoFe層内の連続性が変化したためであると推測している。
CoFe連続膜と比べると、(1)保磁力Hc が非常に低いこと、(2)面内における異方性分散が小さいこと、(3)酸化物相を含む割に飽和磁化Ms の減少が少ないことが特徴となっている。これらの特性はCo組成xによっても異なるが、たとえば、[Co50Fe50(20 Å)/oxide]10のMNOM試料のHcはCo50Fe50連続膜(200 Å)の1/10の10 Oe程度となる。容易軸方向のループの角型比は、0.995以上と非常に大きい上に、反転に要する磁界幅も1 Oe未満であり、困難軸方向のそれはHc ~ 0で且つ殆ど一直線に重なるなど一軸磁気異方性に優れ、異方性分散が極めて少ないことが示された。Ms はx = 30 %で最大1350 emu/ccとCoFeバルク値や連続膜の値(~1850 emu/cc)には及ばないものの、パーマロイの持つ750 emu/ccを大幅に超える値となっており、優れた高周波透磁率特性が期待できる。異方性磁界Hkによって制御可能な直流透磁率μdcと共鳴周波数ƒFMRがxにより線形的な変化を示し、金属グラニュラー相とその自然酸化物相の二相からなる微細構造を持っているにも拘わらず、その周波数特性が静磁気特性のMsとHkから予想される値とほぼ一致しており、特性設計が容易である点は応用上有利であるといえる。
SQUIDによる磁化測定と内部電子転換型メスバウアー(CEMS)スペクトルの面積からから求めたCoFeグラニュラー層ならびに自然酸化層の体積比よりMNOM試料中のCoFeグラニュラーの磁化μmnetと自然酸化層の磁化μoxnetを評価した。x = 0すなわちFeグラニュラー層のMNOM試料では、μmnetとμoxnetが2.1 μB/Feと1.38 μB/Feと、純FeならびにFe3O4のもつ値に極めて近い値となっていた。測定温度を5 Kまで温度を下げても、これらの値は~2 %程度しか増加しておらず、自然酸化層のスピン配列温度が室温よりもかなり高いことを示している。この自然酸化層の大きな磁化はx < 50で得られるものの、x > 90ではμoxnet ~ 0と軟磁性の喪失が同時に起こっている。MNOM試料の自然酸化層中の内部磁界(387 kOeあるいは~140 kOe)は、バルクのもの(500 kOe)と比べて非常に小さいことも分かっている。また、室温におけるCEMSスペクトルより、酸化層中にはイオン間の強い交換磁界により安定化されて温度依存をさほど示さない”Majority”成分と、弱い交換磁界で温度依存性が大きい”Minority”成分が存在することが示唆されている。”Minority”成分は全体としては磁化がゼロとなるため、”Majority”成分のみがが試料の磁化全体を担うことになり、その値の2.0 μB/Feは、γ-Fe2O3やFe3O4のもつ1.15 μB/Feや1.37 μB/Feよりもずっと大きく、α-Feの値に近いことが分かった。EXAFSの測定より酸化物層中ではFeとCoはほぼ同量であると見積もられるものの、Coが含まれてもFeの磁性には影響を与えず、Coのスピンの配向が磁化の総和に大きく寄与していることも示された。CoFeグラニュラー層の体積比率が0.4より低くなると、磁化の総和μnetが急激に減少し、μoxnetもゼロに近づいていく。臨界CoFe層厚となるt 0crit ~ 15 Åよりもグラニュラー層が厚い場合は、自然酸化層中の磁性はほぼ一定となり、それより薄いと急激に磁化を失うことなどから、自然酸化物層中の磁化は近隣のCoFeグラニュラー層の磁化により安定化されていることなどを結論としている。
(東工大 松下 伸広)