第214回研究会/第42回強磁場応用専門研究会

強磁場の分析応用

日 時:
2017年 8月 3日(木) 13:00 ~ 17:00
場 所:
中央大学駿河台記念館
参加者:
24名

 強磁場の下ではあらゆる物質が大小はあるもののそれぞれの性質に基づく応答を示す。磁気力は物質に対し非接触で力学的な効果を与え、その向き、位置、移動方向、さらに多体系の場合には組織の制御を可能とする。ミクロな視点では、核磁気共鳴(NMR)現象を介して、化学結合状態など、物質固有の情報をもたらす。より強い磁場を使えば、それらの効果も大きくなることから、分析手法として活用した場合に分解能の向上につながる。本研究会では、強磁場の分析応用をテーマとして、この分野でご活躍の研究者5名に最新の情報をご紹介いただき、活発な議論が行われた。各講演の概要は以下の通りである。

  1. 「微粒子の磁気分離分析法と磁気光学イメージング法の開発」
    ○諏訪雅頼(阪大)

     光学定盤上に容易に設置できる自作の4 T級ミリ秒小型パルス磁石を利用したファラデー回転(FR)測定や、パルス磁石に組み込んだFRイメージング顕微鏡の開発に関して紹介された。一連の塩化ランタニド(III)水溶液のFR計測からFRの指標となるヴェルデ定数を求め、4f電子数に対してプロットすると規則性が見出されたこと、有機液体でFRの波長分散を計測した例や、FRの違いを利用した有機液体の識別分析、パルス磁場中における超常磁性ナノ粒子の配向挙動の光学的観測の結果などが示された。

  2. 「磁気泳動とマイクロ流路層流系を利用した細胞の分離・選抜」
    ○山田真澄(千葉大)

     マイクロ流体デバイスを用い、層流条件下において水力学的濾過法による細胞のサイズ分離の後段に細胞表面のマーカーに基づいた磁気泳動分離を組み合わせることで高効率な細胞分離を行なう手法についての解説と実験結果の紹介がされた。370 mTの永久磁石を用いてリソグラフィーで作製されたマイクロ流体デバイスにより、希釈ヒト血液からのリンパ球の回収例などが紹介され、二因子による高効率な分離が確認された。診断医療や再生医療、幹細胞工学などへの利用が期待されるという。

  3. 「強磁場固体NMRの開発と応用」
    ○清水 禎(物材機構)

     NMR法では物質の分子構造、原子の結合状態や運動状態を調べることができる。高分解能化には強磁場化が不可欠である。講演では、酸化物超伝導体を用いることで1020 MHzでの測定を可能とする24 Tという世界で最も強い磁場を発生できる強磁場NMRシステムの開発に成功した事例が報告された。これだけの高性能NMRを使うことで、ワインの産地の違いが水素と重水素の比の違いにより判別できることや、タンパク質や無機物などの固体分析への応用など、いくつかの利用例が紹介された。

  4. 「擬単結晶化法の固体NMRへの応用」
    ○久住亮介(京大)

     磁気的異方性を有する物質の微結晶粉末分散液を変調回転する磁場中に置くことで3軸配向させ巨大単結晶と同等の分析を可能にさせる擬単結晶化法の固体NMR分析への応用例が紹介された。L-アラニンの擬単結晶を用いて原子核周りの電子環境の指標となる化学シフトテンソルを決定した例、酒石酸カリウムナトリウム四水和物の擬単結晶によって23Naの四極子相互作用テンソルが決定された例が示され、変調回転磁場による擬単結晶化法の有効性が議論された。

  5. 「強磁場MRIの可能性」
    ○関野正樹(東大)

     強磁場MRI(核磁気共鳴画像法)の現状に関するレビューで、強磁場化の課題がマグネットと信号検出系のそれぞれについて整理された。MRIの強磁場化は空間分解能の向上、脳機能イメージングにおける感度の向上に有効。10 T以上への強磁場化は現状NbTi超伝導線材の超流動ヘリウム冷却で検討されているが、今後はNb3Snや酸化物超伝導体の利用が課題となる。信号検出コイルにおいて測定対象を収容する空間の確保とMRIの周波数で共振をとることの両立が容易ではないが、分布定数型信号受信コイルの利用により実現している。強磁場化により脳機能イメージングや癌診断、代謝に関する情報によって生活習慣病の高精度な診断にもつながると期待されているが、安全性の点で知見のない領域を含むため、安全面に関する最大限の注意とともに、倫理的な配慮も十分に行なう必要があるという。

文責:廣田憲之(物材機構)