第249回研究会/第10回バイオマグネティックス専門研究会報告

「磁場の生体・生命への影響に関する最新動向」

日時:2024年7月24日(水) 13:00~16:00
場所:連合会館およびオンライン(Zoom)
参加者:17名(現地:9名,オンライン:8名)

 磁場の生体影響の解明や規格の策定は,患者に磁場を曝露するMRIや磁気刺激などの技術発展や,磁場の曝露下における健康リスク管理の観点などから喫緊の課題である.その一方で磁場を活用した細胞や分子レベルでの操作技術なども未解明な事柄が多く次世代のバイオ医療技術として注目されている.本研究会では,ミクロスコピックからマクロスコピックな磁場の生体・生命への影響や,その周辺技術について最新の動向をご講演いただいた.

  1. 「電磁界の安全性に関する研究・動向-静磁界を中心に」

    ○山口さち子(NICT)

     電磁界・電波の安全、安心な利用のために、安全性研究が長い期間にわたり実施されてきている.本講演では,電磁界の安全性に関する研究・動向について,電磁界と人体の相互作用や代表的な人体防護ガイドラインなど,静磁界に関する事例を中心として紹介された.静磁界に加えて時間変化する電磁界に関する物理的作用と生体効果の紹介を導入として,磁界曝露の細胞分化に対する影響の観測実験や,MRI検査業務従事者の妊娠・出産に関する疫学調査の結果なども交えて報告された.

  2. 「交流磁界を用いた標的化学療法の可能性~交流磁界の薬剤取込タンパク質への影響~」
    ○柿川真紀子(金沢大)

     抗がん性抗生物質の大腸菌への取り込み量や,ヒト細胞に対する抗がん作用が交流磁界を加えることで増強されることが報告された.講演の中では,抗がん性抗生物質のDNAに対する作用への関連や,薬剤排出トランスポーターp-glycoproteinを過剰発現する多剤耐性細胞に対する抗がん作用についても言及された.交流磁界曝露によって一部の薬剤の取込および排出トランスポーターの機能が促進される可能性が示唆され,交流磁界の強度や周波数,曝露時間に対する効果の依存性についても紹介された.

  3. 「経頭蓋静磁場刺激の基礎研究と臨床応用の成果」
    ○桐本 光(広島大)

     強力な小型ネオジム磁石を頭部表面に設置する経頭蓋静磁場刺激法(tSMS)は,直下の大脳皮質の興奮を抑制する新しい非侵襲的脳刺激法である.本講演では,静磁場の強度分布や,細胞のイオンチャネルへの作用に由来する静磁場の神経細胞の興奮性を抑制する機序をはじめとする知見を交えて,tSMSの作用機序,安全性,健常人を対象とした基礎研究と中枢神経疾患患者を対象とした臨床研究の結果について概説された.

  4. 「磁場による生体操作:Magnetogeneticsへの挑戦」
    ○井上圭一(東大)

     生体組織の深部において磁場によるイオンチャネルの操作などを実現するMagnetogenetics(磁気遺伝学)が注目されている.先行事例として,温度感受性のイオンチャネルを発現した細胞において,磁性ナノ粒子を細胞表面の膜タンパク質に結合させて,交流磁場印加に伴うナノ粒子の発熱を利用したイオン種選択的なチャネル開放の実現例が紹介された.また,細胞に内在するフェリチンを特定のイオンチャネルに結合させることによる,細胞活動の効率的な磁場操作や,顕微鏡下における観察システム構築によるイオンチャネルの磁場応答性の評価について報告された.

文責:大多哲史(静大)