第243回研究会/第72回化合物新磁性専門研究会報告

「ハイエントロピー機能性材料研究の最前線」

日時:2023年7月21日(金)13:00~17:00
場所:ワイム御茶ノ水・オンライン開催(Zoom)
参加者:42名(現地:16名,オンライン:26名)

 2000年代から,多元素固溶合金であるハイエントロピー合金(HEA)の研究が,材料工学分野を中心に活性化している.一方,HEAにおける超伝導や磁性に関しては未解明な点が多いのが現状である.また,最近の研究では,HEAの概念を化合物機能性材料に適用した例が報告されており,複雑な結晶構造中にどのようにHEA型結晶サイトを導入し特性を向上させるかが課題である.本研究会では,合金ベースおよび化合物ベースのハイエントロピー機能性材料の開発および機能性に関する最先端の研究を紹介していただき,ハイエントロピー機能性材料の研究指針を議論した.

  1. 「ハイエントロピー合金超伝導体・磁性体の探索」

    ○北川二郎(福岡工大)

     ハイエントロピー合金型超伝導体に関するレビューがなされ,様々なハイエントロピー合金超伝導体の開発およびその超伝導特性についての研究成果を紹介された.超伝導転移温度とデバイ温度の負の相関は,原子構造の無秩序性からくるフォノンの不確定性原理で説明できることが示された.また,ハイエントロピー合金における強磁性の発現についても報告された.

  2. 「多元素ナノ材料開発と触媒への応用」
    ○草田康平(京大)

     ハイエントロピー合金におけるナノ粒子の開発についての研究成果が示された.白金族ハイエントロピーナノ合金の開発と触媒応用の例に加え,より多元素を固溶させた8元系貴金属ハイエントロピーナノ合金の開発および触媒応用の結果から,これらの材料が従来材料を凌駕する性能を持つことが示された.また,これらの電子状態の解析結果および制御方法についても報告された.

  3. 「中エントロピー合金における短距離秩序の探索」
    ○池田陽一(東北大)

     多元素が固溶したハイエントロピー合金や中エントロピー合金では,系が完全な不規則固溶系であるか,または規則相が存在するかが重要な点である.中性子回折と広域X線吸収微細構造(EXAFS)測定を用いて中エントロピー合金中に見られた規則相の発達に関して議論した結果が示された.また,東北大管理の中性子実験装置に関する紹介がなされた.

  4. 「機能開発を目指したハイエントロピー酸化物ならびに硫化物の合成と物性」
    ○山本文子(芝浦工大)

     ハイエントロピー合金の概念を化合物(酸化物および硫化物)に取り入れた物質開発研究の成果が紹介された.主に高圧合成法を用いた研究成果が示され,ハイエントロピー化したカルコゲナイドの相が安定化することが示された.また,ハイエントロピー化による遷移金属カルコゲナイドにおける弱強磁性の発現や,スピネル型酸化物のサーミスタへの応用についての研究成果が紹介された.

  5. 「ハイエントロピー化合物(Pb,Sn,Ag,Bi,In)Teの電子状態に関する理論的研究」
    ○臼井秀知(島根大)

     Akai-KKR法を用いたハイエントロピー化合物(金属テルライド)の電子状態計算に関する成果が報告された.ハイエントロピー化によって生じる電子バンド構造の変調が示され,本系で発現する超伝導の特異性との議論が行われた.さらに,同族元素でハイエントロピー化した場合にはバンドのスメアリングが生じないなど,未だ合成されていない新物質の電子状態に関する理論予測が示された.

  6. 「REサイトにハイエントロピー合金の概念を導入したREOBiS2およびREBa2Cu3Ox層状超伝導体単結晶の育成」
    ○長尾雅則(山梨大)

     ハイエントロピー合金の概念を導入した層状超伝導体の単結晶育成および特性評価を行った成果が紹介された.REOBiS2(RE:ランタノイド)系においては,等原子比率で固溶した場合に超伝導特性が低下する可能性が示され,銅酸化物系においては配置エントロピーの効果が超伝導特性に大きな影響を及ぼさないことが示された.得られた結果と合金ベースのハイエントロピー合金超伝導体との比較がされ,秩序構造の可能性が示された.

  7. 「ハイエントロピー型REBa2Cu3O7-d薄膜の超伝導特性」
    ○山下愛智(都立大)

     PLD法によりハイエントロピー型REBa2Cu3O7-d薄膜を成膜し,結晶構造および磁場中超伝導特性を評価した成果が報告された.REサイトのハイエントロピー化によってピンニング機構が変化し,ハイエントロピー化した薄膜においては高磁場印加による臨界電流密度低下が抑制されることが報告された.将来的な超伝導応用の可能性についての説明があった.

文責:水口佳一(都立大),出村郷志(日大)