第242回研究会報告

「宇宙空間で使われる磁気技術」

日時:2023年5月23日(火)13:00~17:20
場所:オンライン開催(Zoom)
参加者:16名

 近年,宇宙環境をめぐる様々な研究開発が官民を問わず活発になっており,世界的な宇宙開発競争が起こっている.本研究会では,電子デバイスの宇宙線耐性向上や人工衛星関連技術,生物が生存可能な環境構築など様々な分野において,磁気関連技術が極めて重要な役割を果たすことが,お招きした6名の講師より報告された.

  1. 「Significance of MRAM for Radiation-Hardened Microelectronics and Space Applications」(英語講演)

    ○Thomas D. Boone(Western Digital)

     宇宙線が通常の半導体メモリ素子にどのような影響を与えるかについてまとめた後,電流パルス型磁気ランダムアクセスメモリ(Toggle MRAM)とスピントランスファートルク型(STT-Type)MRAMの宇宙線照射に対する耐性評価に関する実験結果が紹介された.加速された高エネルギー重イオンをこれらのメモリに照射したところ,Toggle MRAM では壊れる高エネルギー重イオンであってもSTT-type MRAMはToggle MRAMと比較して重イオンの蓄積は100分の1以上少ないことが示された.すなわちSTT-type MRAMが集積度や磁化反転電流密度のみでなく,宇宙線耐性という意味でも優れていることが説明された.

  2. 「磁気トンネル接合の銀河宇宙線耐性と興味深い磁化反転」(英語講演)
    ○小林大輔(JAXA)

     磁気トンネル接合(MTJ)構造を有するスピントランスファートルク型磁気ランダムアクセスメモリ(STT-type MRAM)に対して,サイクロトロン加速器によって生成した重イオンを照射することで,メモリ素子に対する宇宙線耐性を疑似的に評価した.その結果,実際の宇宙空間において1 cm2の面積に対して1000年間で1つ程度しか検出されないほどの低い確率で存在する高エネルギー重イオンの照射であっても,STT-type MRAMの反応断面積は宇宙向けに対策の施されたスタティックRAMの約6000分の1であり,MRAMの良好な宇宙線耐性が示された.一方,わずかながら観測された放射線による磁化反転について,そのメカニズムに関する考察も述べられた.

  3. 「アモルファスワイヤの磁気特性測定方法」
    ○岩田成弘(電子磁気工業)

     アモルファス軟磁性合金は配電用変圧器やインダクタ,高効率モータなどで広く使用されており,宇宙での利用も検討されている.直径数mmのアモルファスワイヤの磁気特性は,従来は複数本束ねて体積を大きくしたうえで,振動試料型磁力計(VSM)もしくは直流BHトレーサーを用いて評価しているが,測定可能な感度まで体積を稼ぐためにワイヤを均一な長さに切断し,整列,固定する作業が煩雑であった.本報告では,アモルファスワイヤ1本から測定可能な直流BH測定装置についての紹介,およびその測定結果について説明がなされた.

  4. 「宇宙放射線防御と推進力発生機構を兼ね備えた磁気プラズマシールドの性能評価」
    ○梶村好宏(明石高専)

     地球外の有人飛行を行う際の高エネルギーの太陽風や宇宙線から身を守るための防御方法は,人体や電子デバイスの宇宙線問題の解決に向けた喫緊の課題となっている.本発表では,太陽風プラズマや宇宙放射線からの防御のための磁気シールドを,コイルの生成磁場によって形成,および宇宙機から噴射したプラズマが磁場に捕捉されて生じる環状電流によって磁気シールド性能を向上させ,制御する手法の開発について示された。数値計算を用いて性能の定量的評価を行った結果についても説明された.

  5. 「小型衛星の姿勢と軌道運動の制御における磁気技術の応用」(英語講演)
    ○稲守孝哉(名大)

     近年,編隊飛行といった複数の衛星によるミッションが検討されており,開発期間・コストの観点から小さな衛星を用いる事が望ましい.10 cm角のCubeSat規格衛星の中でも10kg以下の衛星では,観測機器搭載などのスペース・質量の制約の観点より,姿勢制御や軌道修正用の推進機構が無い方が望ましい.小型衛星の新たな軌道制御手法として,講演者らが開発した磁気トルクを用いた姿勢制御手法が紹介され,磁気トルクによる制御が実装された編隊飛行実証衛星MAGNARO(MAGnetically separating Nanosatellite with Rotation for Orbit control)の概要について紹介された.

  6. 「Magnetically-induced Phase Separation for Efficient Hydrogen and Oxygen Production in Microgravity Environment」(英語講演)
    ○Katharina Brinkert(Univ. of Warwick)

     国際宇宙ステーションなどの宇宙空間において,水素および酸素の生成は宇宙飛行士の生命および環境維持において極めて重要である.しかしながら微小重力下では強い浮力がほとんどないため,相分離には大きな課題が生じる.講演の前半はp-InP(111)状に形成されたRh nanostructure filmを光触媒に用いた水素の生成について,後半は微小重力環境を構築可能なドロップタワー実験において,磁気分極の利用によるパッシブな気泡の分離が可能であることが紹介された.

文責:国橋要司(NTT物性研),谷川博信(ソニーセミコンダクタ),羽尻哲也(村田製作所)