日本磁気学会第196回研究会報告
「有機/分子磁性材料の現状と今後の展開」
- 日 時:
- 2014年5月16日(金) 13:00 ~ 16:40
- 場 所:
- 中央大学駿河台記念館
- 参加者:
- 13名
第196回研究会では,有機/分子磁性材料分野におけるシーズと他分野におけるニーズとを融合させる事を主眼におき,有機/分子磁性材料分野において第一線でご活躍の講師の方々から,下記の5件の最新研究動向の紹介を頂いた.他分野の研究者の理解のため,基礎的な内容を含む丁寧な研究背景の説明と供に,最新の研究成果に関する講演が行われた.質疑応答では,有機/分子磁性材料を用いた有機エレクトロニクスやスピンエレクトロニクスへの展開等に関して,活発な議論が行われた.
- 「分子磁性研究の新潮流:有機エレクトロニクスと固体電気化学への発展」
○阿波賀 邦夫(名大)
開殻電子構造をもつ分子磁性体は,その化学あるいは物理的な活性を活かした展開が関心を集めている.講演の前半では,固体電気化学と分子磁性研究の融合を目指した固体電気化学磁石に関する最新の研究成果が紹介された.固体電気化学反応を用いた新規磁気特性の開拓を目的としたin-situ固体電気化学―磁気計測システムの開発ならびに,それらを用いたプルシアンブルー類似体や遷移金属酸化物に関する研究成果が報告された.講演の後半では,有機ラジカルを用いた新しい光―電流変換についての研究成果が紹介された.過渡光電流の起源に関する説明を通し,有機ラジカルを用いることで超高速の光―電流変換が実現できる可能性が示された.
- 「有機トランジスタにおける電荷キャリアのESR観測」
○黒田新一(名大)
講演者らは,有機トランジスタ界面の電界注入キャリアを直接観察する手法として電場誘起ESR法を開発している.講演では,チエノチオフェン系高移動度分子C8-BTBTの薄膜トランジスタにおける電場誘起ESRを用いた最新の研究成果が報告された.高移動度を示す有機トランジスタ中の電荷キャリアのスピンを電子スピン共鳴により直接観測することで,特にチエノチオフェン系低分子トランジスタでは,4 Kでもキャリアが結晶子内で運動していることが明らかにされた.
- 「単分子量子磁石を用いた量子分子スピントロニクスの最前線―野茂とイチローはどちらがえらいか?―」
○山下正廣(東北大)
講演では,まず,スピントロニクスは21世紀のキーテクノロジーであること.しかしながら、バルク磁石を用いると,ムーアの法則によりナノサイズ以下の微細加工の限界に至るのは明らかであることが紹介された.さらに,1個の分子が1個の磁石として働く21世紀のナノ磁石「単分子量子磁石」を用いた「量子分子スピントロニクス」について,ダブルデッカー型フタロシアニン・ランタニド錯体等による可能性が示された.講演は最新の研究動向にとどまらず,米国メジャーリーグで活躍した野茂選手を引き合いに出し,開拓精神の重要性と研究者として研究と向かい合う姿勢にまで及んだ.
- 「空気中でも安定な炭素中心型π共役中性ラジカル:基礎物性と電池活物質への応用」
○森田 靖(愛工大,阪大)
講演者らが独自に設計・合成した「電子スピン非局在型」の中性ラジカルは,ニトロキシドラジカルに代表される「電子スピン局在型」のラジカルとは電子機能物性が大きく異なり,その特異な電子構造から多様な分子デバイスの実現に貢献できると期待されている.しかしながら,その基礎・応用研究は世界的にも非常に限定されている.講演では,講演者らが開拓してきた「合成有機スピン化学(synthetic organic spin chemistry)」と,新しい有機中性ラジカルの創成,二次電池活物質への応用についての紹介がなされた.
- 「有機太陽電池材料における磁気伝導効果」
○生駒忠昭、脇川祐介(新潟大)
Hexabenzocoronene(HBC)自己組織体の光伝導機構を明らかとするための,ナノ秒分解高感度磁気伝導測定手法と速度論的解析手法の開発に関する講演が行われた.そこで,電子スピン角運動量に依存したジェミネートならびに非ジェミネート再結合が明らかにされた.さらに,電子受容体で修飾されたHBCを用いて,電子受容体相による被覆は,ジェミネート再結合を抑制することに寄与することが明らかにされた.時間分解磁気伝導計測法は,素子に特殊加工を施さないで有機半導体に於けるキャリア衝突ダイナミクスを解明できるという利点をもつことから,今後,有機太陽電池開発における新しい評価技術として応用が期待されている.
文責: 野村 光(阪大)