第174回研究会報告
「スピン・クロスオーバーの物理」
日時:2010年 10月 8日(金)13:00~17:05
場所:中央大学駿河台記念館
参加者:20名
遷移金属酸化物・錯体における「スピン・クロスオーバー現象」にスポットを当て、第一線で活躍されている講師の方々から、主にCo酸化物およびFe系電荷移動錯体における非常に興味深い物性現象の様々な研究成果を紹介していただいた。残念ながらやや参加者は少なかったものの、遷移金属化合物はそのd電子状態に付随して様々な新規な物性を示し、さらにそれらが極めて深い物理的内容を含んでいることがあらためて浮き彫りになった。また、質疑応答も活発で、有意義な議論がなされた。
講演内容:
- 「Co系ペロブスカイトのスピン転移と格子異常」
浅井吉蔵(電通大)
スピン・クロスオーバー転移を示す酸化物の代表例として古くから知られているCo系ペロブスカイトであるLaCoO3のこれまでの研究のレビューが話され、さらに講演者グループの成果として、スピン転移が電荷・格子と結合した現象であることの根拠としての、超音波弾性定数に見られる異常な周波数分散と、中性子フォノン散乱で見つかった光学フォノンのソフトニングについての研究結果の紹介がなされた。
- 「電子構造の観点から見たCoIII酸化物におけるスピンクロスオーバー」
齋藤智彦(東理大)
Co酸化物における、主に光電子分光法による電子構造研究の現状が報告された。特に、低スピン-中間スピン-高スピン間スピン転移を示すLaCoO3、金属絶縁体転移を伴う低スピン-中間スピン間スピン転移を示すPr0.5Ca0.5CoO3、高スピン基底状態をとるダブルペロブスカイト型酸化物Sr2CoSbO6の物性の違いが配位子場分裂の大きさの違いによる電子状態の差として統一的に理解できることが指摘された。
- 「Co系ペロブスカイト酸化物の強磁場誘起スピン転移」
佐藤桂輔(茨城高専)
LaCoO3が低温かつ約60Tの高磁場でメタ磁性転移を生じ、磁性状態へ転移すること、これが励起状態の異なる2種類のCoイオンの存在により説明できることが報告された。また、アニール条件・結晶粒径・La3+のSr2+による置換効果などについての考察がなされた。
- 「ペロブスカイト型コバルト酸化物の光励起状態とフェムト秒ダイナミクス」
沖本洋一(東工大)
始めに物質科学におけるフェムト秒領域での光励起によるダイナミクスの研究の現状と意義が紹介された。さらに講演者による研究成果として、ペロブスカイト型Co酸化物Pr0.5Ca0.5CoO3においてフェムト秒反射分光の測定を行った結果、スピン・クロスオーバー転移をともなう光誘起絶縁体金属転移の発現・音速での光誘起金属相ドメインの伝播・強励起時における伝播速度の加速といった特異な現象を観測したことが報告された。
- 「鉄混合原子価錯体における速いスピン平衡と原子価揺動の協奏現象と特異な磁気特性」
小島憲道(東大)
配位子場がスピン・クロスオーバー領域にある鉄混合原子価錯体において、Fe2+からFe3+に電子が一斉に集団移動する電荷移動相転移とその光制御についての研究成果が報告された。また、メスバウアー分光等で観測された、Fe3+における速いスピン平衡とそれを媒介とするFe2+– Fe3+間価数揺動が紹介された。