第119回応用磁気学会研究会報告
第7回磁性人工構造膜の物性と機能専門委員会と共催
「微小磁性体の物性―微細化による新規物性の発現と課題」
日 時:2001年3月6日(火)
場 所:京都大学化学研究所(宇治市)
参加者:57名
プログラム:
- 「挨拶」 新庄輝也(京大)
- 「磁性ドットのボルテックススピン構造」 新庄輝也、奥野拓也(京大)
- 「微細加工したグラニュラー構造におけるスピン依存単一電子トンネル伝導」
高梨弘毅、三谷誠司、薬師寺啓、藤森啓安(東北大)
- 「微小磁性体のbistable磁化反転」
菊池伸明、北上 修、島田 寛、金 承九、大谷義近、深道和明(東北大)
- 「Co-Pt系垂直パターン媒体の磁化の安定性」
西尾博明、服部一博、大川秀一、藤田 実、青山 勉、佐藤勇武、(TDK)
- 「MRAM用強磁性二重トンネル接合の性能と将来性」
斉藤好昭、中島健太郎、天野 実、高橋茂樹、岸 達也、砂井正之(東芝)
- 「二元金属ナノ粒子の化学合成と触媒機能」 戸嶋直樹(山口東京理科大)
- 「光を用いた微小領域磁性の観測」 佐藤勝昭(農工大)
- 「まとめ」 大谷義近(東北大)
はじめに、主催者を代表して、新庄先生から「研究会参加への謝意」が述べられた後、すぐに、2番目の講演に入った。この講演は、円形の磁性体(講演ではNi80Fe20薄膜のドット)を小さくして行くと、単磁区構造になるよりもサイズが少し大きな時には真ん中のスピンが面に垂直となり、周りのスピンが渦巻き状になるスピンボルテックス構造が安定になると考えられているが、このコアスピン部の構造と磁気的挙動を、色々なサイズのドットを作り、磁気力走査顕微鏡(MFM)により詳細に観察した結果の報告であった。 高梨氏は、トンネリングパスを制限するために、集束イオンビーム(FIB)で加工した微小なアモルファスNbZrSi電極の間に、少数の磁性粒子を含むCo36Al22O42グラニュラー薄膜を埋め込んだグラニュラーナノブリッジ試料を作製して、そのスピン伝導(I-V)とトンネル磁気抵抗(TMR)のバイアス電圧Vb依存性を測定した結果およびスピン依存単一電子トンネル伝導(SET)モデルによる解析結果を報告した。ナノブリッジ試料のTMRは通常のCo36Al22O42グラニュラー薄膜における値より大きいこと、明瞭なクーロン階段は現れなかった(但し、微小CPP構造試料では明瞭なクーロン階段が現れ、これに対応したTMR振動も観測される)こと、またTMRの増大にはSETと同様な機構の寄与があること、などの話であった。
菊池氏は、パターンドメディアの磁気特性を明らかにする立場から、電子線リソグラフィ装置を用いて、軟磁性体(Ni80Fe20)と強い垂直磁気異方性を持つCo/Pt多層膜の色々なサイズの円盤状ドットを作製して、その磁化特性や安定となる磁化状態などを極磁気カー効果やMFMによって調べた結果を報告した。スピンボルテックスが現れるNi80Fe20ドットの面直方向の磁化曲線は、ゼロ磁場付近に小さなヒステリシスがあり、ドット中央部の磁気モーメントの垂直成分が上下2つの安定状態を示すこと、更にNi80Fe20ドットの磁化状態のドット厚と直径との関係(相図)を明らかにした。またCo/Pt多層膜でも同様な実験を行い、ドットが磁化反転する核生成磁場が連続膜の核生成磁場よりも大きくなること、連続膜の迷路磁区幅よりドット直径を小さくすると単磁区状態が安定化すること、パターンドメディアとしては強い垂直磁気異方性を持つCo/Pt多層膜が良いことなどの結果が示された。
西尾氏は、直径80nmのCo3Pt垂直パターン媒体の熱安定性を、300-400Kの範囲で、元のCo3Pt連続膜、CoCr/Ti垂直媒体、CoCrPtTa/Cr面内媒体と比較した結果を報告した。一般に熱による残留磁化の減衰は、熱揺らぎ磁気余効係数(SV)や活性化体積(Vact)に依存するが、このSVやVact tは温度と磁場によって変化するので、上記の各媒体におけるそれぞれの値を測定した結果、Co3Pt垂直パターン媒体のSVは他の媒体のそれより小さいが、Vactは大きいこと、このため磁化の減衰も少ないことを示した。この原因は垂直磁気異方性(Keff)が大きく、不可逆磁化率(Xirr)が小さいためであり、より減衰を少なくするには異方性磁場の分散を少なくする必要があることなどを指摘した。
斉藤氏は、MRAMの原理や問題点の整理から始め、自社におけるMRAM用のデュアルスピンバルブ型強磁性2重トンネル接合の磁気抵抗(TMR)特性についての結果を報告した。これまで20%程度でしかなかった強磁性2重トンネル接合のMR比が、デュアルスピンバルブ型にした結果44.5%まで上昇できたこと、またTMRの温度依存性やバイアス依存性がバリア中の欠陥に関係があり、2重トンネル接合にすることでこれらが改善できること、トンネル接合の耐熱性もMnの拡散を防止すると向上できること、などが内容であった。
戸嶋氏は、金属イオンを湿式で化学的に還元して金属ナノ粒子を成長させる原理と方法、生成されたナノ粒子の具体例、その応用としての触媒作用などを初心者向けに丁寧に講演された。内容としては、例えば、高分子配位子中で2種類のイオンを還元する場合、全く同時に還元されるのではなく、金属イオンの酸化還元電位や金属原子と高分子の配位能の差でcore-shell構造が出来ること、また他の条件を利用すれば合金状態にもなることや水素化物利用すると逆のcore-shell構造もできること、ナノ粒子の原子の数には決まった数があることなどであった。触媒作用については、金属ナノ粒子を保護安定化している配位高分子の役割やcore-shell構造が触媒作用を高める機構の話があった。また、質問では、磁性金属含有金属ナノ粒子合成の可能性についての議論があった。
最後の佐藤氏の講演では、微小な磁性体の磁気観察手段として注目されている透過および反射型近接場顕微鏡、非線形磁気光学効果測定装置、X線磁気光学顕微鏡、フェムト秒光パルスを用いた磁気光学効果スピンダイナミックス測定法などの原理、装置構成、測定例を、ご自分の経験を交えて解説された。
最後に、オーガナイザーを代表して、大谷氏が、「極めて基礎的である微小磁性体の研究会に斯くも大勢の方々の参加を頂き感謝している。今後ともご支援を頂きたい。」という趣旨のまとめを行い、本研究会を締めくくった。
当初、地方開催でしかも基礎的な研究会であるので、参加者の数と活発な議論がなされるかどうかが懸念されたが、参加者は57名と基礎的な研究会にしては多く、またいずれの講演にも時間が足りないくらいに多くの質問や議論がなされ、全体の雰囲気としては、盛り上がった研究会であった。最後に、この場を借りて、会場のお世話を頂いた京大化研新庄研究室の皆様に感謝致します。