17.01

分野:
磁気物理
タイトル:
反強磁性CoOの軌道モーメントとスピン軸に及ぼす歪の影響
概要:
 オランダGroningen大を中心とする研究グループは,反強磁性CoO(100)薄膜の内殻励起吸収分光 (X-ray Absorption Spectroscopy)を行い,膜歪に応じて軌道磁気モーメントの大きさそしてスピン軸の向きが変化することを見出した(Phys. Rev. Lett. 95, 187205 (2005)).
本文:
 
スピンバルブ,MRAM,高周波素子など,反強磁性/強磁性界面に生じる交換バイアスを利用した磁気デバイスの実用化研究が活発に進められている.しかし,半世紀以上にもわたる研究にもかかわらず,交換バイアスの発生メカニズムについて充分に理解が進んだとは言い難い.加えて,従来の議論では,反強磁性層のスピン構造としてバルクのそれを仮定するケースが殆どであったが,現実の系がナノメートル程度の薄膜であることを考えると,そのような仮定の妥当性が疑われる.実際に,これまでにも反強磁性層のサイズ効果や近接効果を無視できないことが多くの研究により報告されてきた.こうした効果に加え,薄膜では不可避なファクターである歪が反強磁性層にどのような影響を与え,ひいては交換結合をどのように変化させるか,という問題は非常に重要な問題と考えられる.オランダGroningen大を中心とする研究グループは,格子定数の異なる下地上に反強磁性CoO(100)薄膜を成長させ,膜歪による磁気状態の変化を内殻励起吸収分光 (X-ray Absorption Spectroscopy) により調べた.電場ベクトルの方位を面内そしてほぼ面直に変化させてとったCo L2,3端のXASスペクトルを詳細に解析した結果,ミスフィットにより面内に4 %程度の引張歪が存在する場合,軌道モーメントは面直方向に揃い,スピン-軌道相互作用を介してスピンも面直に揃うと結論している.逆に,歪が圧縮性の場合には,軌道モーメント及びスピン軸が膜面内に揃う.こうした歪に起因する一連の軌道モーメントとスピン軸の変化に関して,彼等は正方体格子の軸比がc /a < 1か>1により3d t 2g 軌道の結晶場分裂の状況が異なることで説明している.更に,XASスペクトルのフィッティングから得たパラメターを基に、Coイオンの異方性がmeVオーダーに達することを見積もっている.

 この報告は,反強磁性膜の磁気的性質が僅かな歪に敏感に影響されることを示したものである.スピンバルブなどのデバイスに用いられる反強磁性層も歪を受け易い環境下にあることを考えると,今後の交換バイアスの議論にはこうした反強磁性層の性質の歪による変化も考慮して議論を進める必要があるかもしれない.

(東北大 北上 修)

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