磁気物理(中・上級)
- Q1.
- 地磁気は地球上の値が良く知られていますが、天体(月、火星、他の恒星など)の地磁気の値はどうなっているのですか?
- Q2.
- 電磁石でどこまで強い磁場を作ることができますか?
最高磁界密度の理論限界は? - Q3.
- クーラーで部屋を冷房するのに断熱圧縮、断熱膨張を利用するのはわかりますが、極低温を作るときに磁性をつかって冷却できるというのはなぜですか?
- Q4.
- 保磁力と異方性磁界の関係がよくわかりません。
一軸異方性のついた軟磁性膜の磁化を測定しているのですが、容易軸から求めた保磁力と困難軸から求めた異方性磁界とが数倍違います。
どちらも磁化の反転に関係していて、磁化が飽和する磁場に対応するものをみていると思うのですが、このように異なるのは何故ですか? - Q5.
- 磁区の観察法について教えてください。
- Q 1
- 地磁気は地球上の値が良く知られていますが、天体(月、火星、他の恒星など)の地磁気の値はどうなっているのですか?
- A 1.
-
太陽系から話を始めましょう。地磁気は地球が発生する磁場で、場所によって異なりますが、 例えば日本付近では40×10-6テスラ程度の大きさが有ることが良く知られています。 地磁気の原因は、地球の核にある鉄やニッケルなどが流動することで電流を生じ、 電磁石のように磁場を発生させていると考えられています。
これをダイナモ効果と言います。 火星などの地球型惑星では、このダイナモ効果によって磁気が発生すると考えられますが、 火星における観測結果では地磁気にあたる磁場の存在は無いようです。 この原因は、火星が地球よりも小さいために核が早く冷えてしまい核の流動が 起こらなくなってしまったためと考えられています。これに関連してNASAのマーズ・グローバル・サーベイヤによる観測では、 地球の古地磁気にあたる岩石中の磁場の痕跡が発見されており、火星の核が まだ熱かった時代にダイナモ効果が発生していた証拠ではないかと言われています。
一方、木星型のガス惑星では、地磁気よりも遥かに大きな磁場が存在するようです。 木星型惑星の中心部では高圧によって液体水素が存在すると考えられていますが、 この液体水素は金属のように電気を通すため、高速で自転する惑星運動によって 大きな電流が発生し惑星磁気圏を形成しています。
木星の磁気圏は、バンアレン帯などで知られる地球磁気圏よりも数十倍も大きいことが観測されています。 地磁気に相当する磁場の惑星赤道上での値は、木星400×10-6、土星20×10-6、天王星30×10-6テスラとの報告があります。太陽表面の磁場は、惑星磁場とは性質が異なります。太陽黒点が磁場の影響によって変化することは近年の太陽観察で有名になりましたが、太陽では星の大気を構成するプラズマが 流動することで磁場が発生すると考えられます。 従って太陽表面の磁場は、地球のように南極と北極にNとSの磁極が有るような構造ではなく、プラズマ流に対応した 多磁極の構造になっています。また磁場の大きさは0.1~1Tのオーダと地磁気に較べてかなり大きくなっています。 その他の恒星も太陽と似たメカニズムの磁場が存在すると考えられています。
現在知られている範囲で、最も大きな磁場を有する天体は中性子星のようです。 ご存知のように、中性子星は超新星爆発の残骸で、周期的に強力なX線を放出するパルサーとして観測されます。 このX線放出のメカニズムから予測される磁場の大きさは1兆テスラとも言われています。 実際の観測ではヨーロッパ宇宙機構のX線観測衛星ニュートンの測定結果が、上記の理論予測の30倍以上弱い磁場である可能性が 報告されていますが、いずれにしても我々の身の回りで到達しうる磁場と比較すると、遥かに大きな磁場であることには変わりないようです。
回答作成: 平成16年度MSJ企画委員会
- Q 2
- 電磁石でどこまで強い磁場を作ることができますか?
最高磁界密度の理論限界は? - A 2.
-
これまで実験で得られている磁束密度では、電磁濃縮法によって622テスラという値が東大物性研から報告されています。 電磁濃縮法では、1次コイルの内側に円筒状の2次コイルを配置し、2次コイルの内側に弱い磁場を印加しておきます。1次コイルにパルス電流を加えると2次コイルの円筒に誘導電流が発生しますが、この時マックスウェル応力によって2次コイルの円筒が急速に収縮します。 すると2次コイル内側に閉じ込められた磁束は収縮する2次コイルの電流増加と共に急速に濃縮され、大きな磁場が作られます。ただし電磁濃縮法で得られるのはパルス状磁場で、上記の600テスラの磁場の持続時間は数十マイクロ秒に限られます。
定常磁場として最も大きな磁場が得られるのは超伝導コイルを用いたハイブリッド磁石です。日本国内では37テスラを超える値が物質・材料研究機構から報告されています。超伝導マグネットを用いた場合の発生磁場の限界はコイルに作用する磁場の大きさで決まります。
超伝導状態ではコイルを形成する材料は完全反磁性を示しますが、これに外部磁束が侵入するようになると超伝導状態が破壊され、電気抵抗は有限となります。従って、コイルを構成する超伝導材料が磁場に強いほどマグネットの性能が向上するわけです。現在、超伝導マグネット単体では20テスラ程度が最高値のようです。 ハイブリッド磁石では、超伝導マグネットと水冷銅マグネットを組み合わせて大きな磁場が得られるようになります。水冷銅マグネットの磁場では、理論限界はありませんが、コイル電流による発熱が問題となることからハイブリッドマグネットが最も効率よく強磁場を発生させる手段となっているわけです。
これらの方法ではコイルに流す電流が技術的課題となって磁場の大きさを制限していますが、電流による制限を受けずに強磁場を発生する手段としてハルバッハ磁石回路が挙げられます。 ハルバッハ磁石回路はドーナツ状の形状を持ち、磁場の逆問題を利用した磁気回路です。
この原理は、空間に棒磁石を配置すると双極子磁場が出来ますが、この磁場分布の方向に合わせて永久磁石の磁化容易軸を配置してドーナツ状磁気回路を構成すると、逆にドーナツの中心部分で均一な強磁場を発生させることができます。 磁場の大きさは磁気回路を構成する永久磁石の体積によって制御されますが、体積が大きいほど、あるいはドーナツの中心径が小さいほど大きな磁場を得ることができます。回答作成: 平成16年度MSJ企画委員会
- Q 3
- クーラーで部屋を冷房するのに断熱圧縮、断熱膨張を利用するのはわかりますが、極低温を作るときに磁性をつかって冷却できるというのはなぜですか?
- A 3.
-
冷蔵庫やエアコンの熱過程から考えていきましょう。
これらの熱過程は理想状態では3つの要素で構成されています。まず第1に、コンプレッサーによる冷媒の等温圧縮過程です。等温圧縮では系の温度が一定のまま体積が小さくなりますから、冷媒のエントロピーは減少します。
第2は冷媒の断熱膨張です。断熱膨張では、外部との熱の出入りが遮断された状態で系の体積が増加しますからエントロピーの変化は0です。 ただし、体積変化によって外部に仕事をしますから系の温度は低下します。
第3は熱交換過程です。ここでは文字通り熱交換が起きますので、冷媒は外部から熱を取り込みます。 したがって、冷媒は熱の流入によるエントロピーの増加、温度の上昇を伴って変化します。これらが冷却器の熱サイクルです。分かりやすいようにこれらの過程を温度TとエントロピーSの関数として図示します。図中(A)が等温圧縮、(B)が断熱膨張、そして(C)が熱交換過程です。
温度TとエントロピーSの関数図
実は、磁気を用いた冷却、即ち磁気冷凍の技術も熱過程は全く同じなのです。
磁化が無秩序な状態(常磁性)に外部から磁場を印加して磁化の方向をそろえると(秩序状態)、系の磁気エントロピーが低下することはすぐわかります。温度を一定として磁性体を磁化する過程が図の(A)に対応します。次に(B)の過程は熱の出入りを遮断したまま外部磁場を取り去ることに対応しており、いわゆる断熱消磁の操作になります。
最後に(C)の熱交換ですが、磁性体は外部から熱を取り入れることで磁化が揺らぎ始め、エントロピー増加と温度上昇が起こって元の状態に戻ります。この原理から分かりますように、熱交換器としての磁性材料の特性は秩序状態と無秩序状態の間のエントロピー変化が大きいほど熱交換効率が高く、高性能の冷凍機を作ることが出来るわけです。
回答作成: 平成16年度MSJ企画委員会
- Q 4
- 保磁力と異方性磁界の関係がよくわかりません。
一軸異方性のついた軟磁性膜の磁化を測定しているのですが、容易軸から求めた保磁力と困難軸から求めた異方性磁界とが数倍違います。
どちらも磁化の反転に関係していて、磁化が飽和する磁場に対応するものをみていると思うのですが、このように異なるのは何故ですか? - A 4.
-
磁化曲線で定義される保磁力と異方性磁界を復習しましょう。
図1に、特定な方向に一軸異方性をつけた磁性体の磁化曲線を示します。異方性と平行な方向(容易軸方向)に磁場を印加すると矩形のヒステリシス曲線が得られます。異方性に直交する方向(困難軸方向)に磁場を印加すると、 直線的に磁化が増加し、ある磁場で一定となる磁化曲線を描きます。保磁力は「磁化の方向を反転させるのに必要な磁場の強さのことで、残留磁化がゼロになるときの磁場(残留磁化が磁場に対して対称でないときは、+側、-側の1/2)」で定義されます。
この図では、容易軸方向の磁化曲線では磁化が正負で対称ですから、磁化がゼロになるときの磁場が保磁力です。図1:参考図面
一方、困難軸方向の磁化曲線で磁場が飽和に達する磁場が異方性磁界です。 異方性磁界は「スピンをある方向にそろえようとする磁場の強さ」で定義され、結晶の中で特定の方向にスピンをそろえようとするエネルギーを磁場として表したものです。
図の例でみると、磁性体の磁化方向に対して垂直に磁場を印加し、磁化を完全に90°回転させるために必要な磁場に対応します。 保磁力は磁化反転の起こりやすさを現します。磁化は必ずしも一斉に反転するわけではありません。磁化反転は、磁性体の形状や組織、磁区の構造などによって変わるのです。 また、磁場を掃引しながら磁化-磁場曲線を測定する(通常のVSM装置などでの測定)では、掃引速度に依存して変化します。
これに対して、異方性磁界は結晶内でスピンをひとつの方向にむける異方性エネルギー(結晶磁気異方性エネルギーといいます)に対応する量です。 結晶磁気異方性エネルギーは、結晶の構造・配向に依存して決まるスピンの方向を固定するために必要なエネルギーであり、材料の性質を見たものです。結晶磁気異方性定数をKu、飽和磁化の大きさをMsとすると、Hk=2Ku/Msで定義されます。
異方性磁界を求めるということは、測定する材料が本来持つスピンの我慢強さを測ることになります。保磁力は、これとは異なり、着磁した方向とは逆に磁場をかけて、いろんな磁化過程を取りながらもだいたいゼロになるときの磁場をもって、磁化反転の容易さを見積もる値ということができます。
このような違いがありますから、保磁力と異方性磁界とは一致する必然性はありません。材料開発やデバイス開発に必要なパラメータとして使い分けることが必要です。【参考文献】
- 近角聡信 著 『強磁性体の物理』 (上、下)
回答作成: 平成16年度MSJ企画委員会
- Q 5
- 磁区の観察法について教えてください。
- A 5.
-
磁区観察の手法は、1)走査型電子顕微鏡(SEM)、2)走査プローブ顕微鏡(SPM)、3)磁気光学カー効果顕微鏡、を用いたものに大別されます。
- SEMを用いた手法には、磁性微粒子やコロイド粒子を印加磁場によって試料表面に付着させて得られた磁区パターンをSEMによって観察する方法や、SEMにおける電子ビームと試料の相互作用が、スピンの性質に依存したものを用いることによって、試料の磁気的情報を可視化するスピン偏極電子顕微鏡(SP-SEM)があります。
- SPMを用いた手法には、伝導性短針を用いてスピン偏極電子によるトンネル効果を利用するスピン偏極トンネル顕微鏡(SP-STM) 、及び磁性短針によって試料からの漏れ磁場を検出する磁気力顕微鏡(MFM)があります。
- 磁気光学カー効果(MOKE)顕微鏡を用いた手法は、磁性体に光を入射させ、磁性体の磁化に応じてその光の偏光面の回転角が変化する現象を顕微鏡に応用したものです。
これらの手法の分解能については、おおよそSP-STM (<1nm)、SP-SEM (∼5nm)、SEM (∼10 nm)、MFM (20∼50 nm)、MOKE顕微鏡(∼1000 nm)となっており、磁区のサイズによって使い分けます。この内、磁化ベクトルの方向まで観察できるのは、SP-STM、SP-SEM、MFM (20~50 nm)、MOKE顕微鏡です。
回答者: 名古屋大学 浅野秀文