229.02

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【分野】磁気物理

【タイトル】ハーフメタルホイスラー合金薄膜の表面におけるスピン脱偏極を直接観測

【出典】
Kazuki Sumida, Masaaki Kakoki, Yuya Sakuraba, Keisuke Masuda, Kazuki Goto, Takashi Kono, Koji Miyamoto, Yoshio Miura, Kazuhiro Hono, Taichi Okuda, and Akio Kimura, “Surface-specific thermal spin-depolarization on the half-metallic Heusler films”, Commun. Phys. 8, 12 (2025).
https://doi.org/10.1038/s42005-024-01918-w

【概要】
広島大学放射光科学研究所(HiSOR)とNIMSの磁性・スピントロニクス材料研究センターの研究グループは、ハーフメタルホイスラー合金Co2MnSi薄膜に対して放射光を用いたスピン・角度分解光電子分光(SARPES)実験を行い、表面近傍のバンド分散およびスピン偏極率の温度依存性の測定に成功した。特に、低温と室温でスピン偏極率に顕著な差が観測され、表面近傍のスピンが熱的に揺らぎやすいことを示唆する実験結果が得られた。

【本文】
 Co2MnSi に代表されるCo基ホイスラー合金の中には、室温を超える高いキュリー温度(TC)とハーフメタル電子構造(フェルミ準位でのスピン偏極率100%)を併せ持つものがいくつか存在する。このようなハーフメタル材料は磁気記録媒体の読み取りヘッドとして応用することができ、実際に、Co2MnSiを強磁性電極材料として用いたトンネル磁気抵抗(TMR)素子では低温で2000%にも及ぶ巨大なTMR比が観測されている。しかし、巨大TMR比が観測されているのは低温のみであり、室温付近ではキュリー温度(TC = 985 K)以下にも関わらずTMR比が6分の1程度に低下することが問題となっている。このような要因の背景には、フェルミ準位近傍の電子構造の温度依存性が密接に関係している可能性が高い。
 本研究では、固体中の電子のエネルギー、波数、スピンを弁別できるSARPESをCo2MnSi薄膜に適用し、スピン偏極電子構造を実験的に観測した。特に、真空紫外線領域の放射光を用いることで、これまであまり調べられてこなかった表面近傍の電子構造の温度依存性を詳細に測定した。薄膜試料は、マグネトロンスパッタリング法によってNIMSで作製したものを真空輸送用スーツケースチャンバーによって大気に晒すことなくHiSORのSARPES装置(図a)に輸送した。スピン積分モードで行った測定では300 Kから50 Kの範囲でほとんどバンド分散に変化は見られなかったが、スピン分解測定を行うと、偏極度に大きな違いが見られた。図b,cはブリルアンゾーンのX点に相当する波数で観測されたスピン偏極率であり、フェルミ準位近傍では50 Kで70-80%の大きなスピン偏極率を有しているが、300 Kでは50%程度に低下していることがわかる。図dには300 Kから50 Kまで連続的に温度を変化させた際のスピン偏極率を示しており、この結果は熱励起マグノンを記述するブロッホのT3/2則によってよく再現することができた。また、ブロッホのT3/2則の減衰パラメータαはバルク敏感な測定によって得られた値よりも2桁程度大きく、Co2MnSiの表面ではバルクに比べてスピンが熱的に揺らぎやすいことを示唆する結果が得られた。
SARPESは使用する励起光のエネルギーを変化させることでバルク敏感性を高めることもできる。今後、軟X線や柔X線領域の励起光でSARPES測定を行うことができれば、絶縁層に埋もれた界面のスピン偏極バンド分散の温度依存性が観測でき、室温でのTMR比低下問題により直接的にアプローチできるだろう。

(大阪大学 豊木研太郎)

【図】 (a) Schematic illustration of spin- and angle-resolved photoelectron spectroscopy system at HiSOR. (b,c) Experimentally observed spin-polarization of the Co2MnSi film at 50 and 300 K at X point. (d) Temperature-dependent spin-polarization at the Fermi energy. The solid curve represents the fitting result based on the thermally excited magnon model.

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