第250回研究会報告

「次世代ナノテクノロジーを担う磁性理論・計算の新展開」

日時:2024年10月9日(水) 13:00~17:30
場所:ワイム貸会議室御茶ノ水およびオンライン(Zoom)
参加者:43名(現地:17名 オンライン:26名)

 近年,ナノテクノロジーは量子力学に基づいた物質科学の学術研究の枠を超えて,産業社会の発展や社会問題の解決をもたらす革新的な基盤技術として飛躍的に重要性を増している.磁性分野においても,ナノ構造が織りなす多彩な物理現象を応用した新機能材料や新規デバイスの研究開発が精力的に進められている.本研究会では,次世代ナノテクノロジーを担う磁性理論・計算に関連する分野でご活躍の7名の研究者から,最先端の研究動向や将来展望について講演いただいた.参加者は43名を数え,活発な質疑応答が行われた.各講演の内容は以下のとおりである.

  1. 「ナノ構造磁性体における創発インダクタンス」

    ○家田淳一(原子力機構)

     電磁界・電波の安全、安心な利用のために、安全性研究が長い期間にわたり実施されてきている.本講演では,電磁界の安全性に関する研究・動向について,電磁界と人体の相互作用や代表的な人体防護ガイドラインなど,静磁界に関する事例を中心として紹介された.静磁界に加えて時間変化する電磁界に関する物理的作用と生体効果の紹介を導入として,磁界曝露の細胞分化に対する影響の観測実験や,MRI検査業務従事者の妊娠・出産に関する疫学調査の結果なども交えて報告された.

  2. 「交流磁界を用いた標的化学療法の可能性~交流磁界の薬剤取込タンパク質への影響~」
    ○山本 慧(原子力機構,理研)

     表面音波の力学的回転運動と磁化ダイナミクスの関わりについて,モデル理論の解説と実験結果が紹介された.音波における様々な回転の中で,変位ベクトルの回転が磁気弾性結合と磁気回転結合を介して,回転する有効磁場を生み出すことが示された.この有効磁場はスピン波共鳴を通じて,表面音波の非相反性として観測できることが実験結果を交えて紹介された.

  3. 「スピン伝導と磁化ダイナミクスの理論研究」
    ○谷口知大(産総研)

     スピン伝導と磁化ダイナミクスの理論を融合し実験の予測や解析を行う理論手法が概説された.磁化勾配のあるNi-Fe膜における自己誘起スピン軌道トルクの実験解析に本手法を適用した例が紹介された.スピントルクはスピン流生成機構だけではなく着目している系の対称性や境界条件,素子形状に依存するため,問題毎にスピントルクを導出する重要性が述べられた.

  4. 「多極子理論を用いた機能性反強磁性体の開拓」
    ○速水 賢(北大)

     空間・時間反転対称性の有無に応じて現れる電気,磁気,磁気トロイダル,電気トロイダルという4種類の多極子を用いて,磁性体が示す様々な構造や物性現象を系統的に整理できることが概説された.入力場と出力場のランク,および時間と空間の反転対称性のパリティから,応答テンソルと多極子の関係を求められることが説明された.反強磁性構造の線形電気磁気効果を例に,交差相関現象の発現を見通し良く表現できることが示された.

  5. 「量子アニーリングと機械学習を活用したスピントロニクス材料の理論的探索の試み」
    ○名和憲嗣(三重大)

     組合せ爆発を起こす候補から効率的に材料探索を行う手法として,量子アニーリング,機械学習,第一原理計算を融合した手法が紹介された.逆スピネル型酸化物バリアの磁気トンネル接合の全エネルギー,TMR比,素子抵抗についてのカチオン配列の最適化計算結果が示された.カチオン不規則配列の物理的起源やTMR比と素子抵抗のトレードオフの関係性についての解析結果が示され,本探索手法が従来の機械学習法と比較して有効である可能性について述べられた.

  6. 「多ビット磁気メモリに向けた一方向電流による強磁性ナノ柱の磁区制御」
    ○本多周太(関西大)

     強磁性ナノ柱におけるスピン偏極電流による磁区制御のシミュレーション結果が紹介された.強磁性金属柱の下部にスピン軌道トルク層を配置する従来構造と同様に,強磁性金属柱の下部に面内磁化薄膜を配置する構造でも磁化反転によるビット生成が可能であることが示された.面内磁化薄膜を配置する構造ではパルス電流を組み合わせることで磁化反転と磁壁移動を一方向電流で制御できるため,2端子構造の多ビット磁気メモリへの応用が期待されると述べられた.

  7. 「原子論を基礎としたスピンモデルによる永久磁石の磁気特性の研究」
    ○西野正理(NIMS)

     永久磁石の保磁力等の磁気特性の研究に関して,電子論からの微視的モデル化と有限温度物性の解析手法が紹介された.原子論的スピンモデルに熱揺らぎを考慮した磁化解析手法を用いて,ジスプロシウム置換を含むネオジム磁石の保磁力の計算結果が示された.磁壁移動や核生成のダイナミクス評価に基づいて,ジスプロシウム置換による保磁力増加の微視的起源が説明された.

文責:梅津信之(キオクシア),岡林 潤(東大),梶並佳朋(大同特殊鋼),畑中大樹(NTT)
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