第125回研究会

「磁気科学とバイオサイエンス」

日 時:2002年5月21日(火) 13:00~17:00
場 所:商工会館
参加者:54名

講演内容(○印は講演者)

1. スピン化学の創成と展望     

長倉三郎(神奈川科学技術アカデミー)

 化学反応に対する磁場効果の発見からスピン化学と呼ばれる学問領域が形成に至るまでの経緯、および磁気科学の展望について講演した。溶液中でのベンゾフェノンの光化学反応ではその反応中間体にラジカル対を形成するが、2つのラジカルの三重項状態のエネルギー準位が磁場によりゼーマン分裂するため、一重項と三重項状態を経る反応過程では一重項と三重項それぞれから得られる反応物生成物の収量に差が生じる。ラジカル対機構をもとに、気相反応における磁場効果、磁気同位体効果などに関する研究が展開された。最近の光誘起磁化や不斉合成に対する光磁気効果、さらに酵素反応に対する磁場効果の話題についても紹介され、磁気を基礎とする化学、物理、および生物学の展望が述べられた。

2. 脳の磁気刺激    

藤木稔(大分医科大)

 コイルに電流を流し発生させたパルス磁場をヒトの頭部に与えることで、脳に誘導電流を発生させ神経を刺激する経頭蓋磁気刺激法は、その非侵襲性から特に脳外科領域で臨床応用されている。8の字コイルの開発により大脳運動野の機能分布図が得られた後、磁気刺激の臨床応用は飛躍的に進展した。講演では、磁気刺激によりどこがどのように刺激されるのか、脳機能評価法および治療法としての磁気刺激応用、そして、高頻度磁気刺激(繰り返しパルスによる刺激)により、脳の海馬(記憶を処理する領域)における細胞の遺伝子発現に影響を与えた実験結果の紹介がなされた。

3. 磁性細菌のバイオサイエンス    

松永是(東京農工大)

 単一磁区の磁石(マグネタイト)を細胞内にもつ磁性細菌はバイオテクノロジーなどの産業に広く応用されつつある。磁性細菌が細胞内で磁石を形成する機構が遺伝子工学を用いて解明され、細胞内での鉄輸送体の遺伝子magAが分離された。細胞外から鉄イオンが取り込まれ、小胞によって細胞内で輸送されマグネタイトが生成される過程(bio-mineralization)が、磁気工学とは異なった生物学的な機構のみで解明されつつあることは、研究会参加者に新鮮な刺激を与えた。また、マグネタイトの応用面においては、環境ホルモンや免疫反応の計測のためのバイオセンサーとしての多様性が示された。また、輸入マグロの遺伝子の特性の差を利用しマグネタイトを付与した生化学反応系で輸入マグロの種類を区別する研究も紹介された。

4. スピンエレクトロニクス技術の発展とMRAMへの応用    

宮崎照宣(東北大学)

 ”スピンエレクトロニクス”とは、電子の電荷とスピンの特性をもとに新しい現象を発見する研究を総称したものである。金属をベースとするスピンエレクトロニクスは磁気抵抗効果をもとにMRAM(Magnetoresistive Random Access Memory)などの開発を目指す研究と、磁性半導体に関する研究が含まれる。講演では、メタル系のスピンエレクトロニクスのMRAMへの応用のためのMRAM要素技術の開発、MRAMデバイス化のための磁性体の微細加工技術の開発の重要性と産学間の連携への期待が述べられた。

5. 新磁気科学の展開    

○廣田憲之、北澤宏一(東京大学)

 10テスラ級の強磁場が室温空間での物理化学的な新規現象を生み出してきた。水や有機物質は非磁性物質として磁場の影響を受けないものとされてきたが、強磁場下では水面の分割(モーゼ効果)や水の蒸発促進効果、酸素の水への溶解促進など、”反磁性”という万物共有の磁性をもとに、磁場効果の機構が物理化学的かつ定量的に説明された。また、地球重力を相殺する方向に磁気力を作用させることで、水滴を浮遊させる技術(アルキメデス磁気浮上)も研究されている。気相成分を高圧酸素ガスにすることで、常磁性イオン液滴の浮遊も可能となった。高分子の磁場配向や金属の磁気浮遊状態での溶融凝固、生物への磁場効果研究における強磁場からのアプローチなど、新しい磁場効果を探索する多くの研究が磁気科学の発展に貢献しつつあることが伺えた。

(東大 岩坂正和)
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